知らない、そんな感情。
要らない、こんな恋情。

"Don't touch me"

いつからだったろうか、俺が愛される事を諦めたのは。
「…っ、やめろ…!!」
頭の上に乗せられた温かい右手に悪寒が走り、俺は思わずその手を振り払っていた。
「…どうしたんだよ、急に」
振り払われて居場所をなくした右手を力無く下げたまま、古橋が困った様に微笑んだ。
―気持ち悪い。
弱者を非情に切り捨てるその瞳が笑みを浮かべるなんて、俺には有り得なかった。
「ふはっ…古橋も堕ちたもんだ…俺なんかに同情するなんて、気持ち悪くて反吐が出るね」
挑発でも揶揄でもなく、本音だった。
「いつからそんな善人ぶれるようになった?」
同情されるくらいなら蔑まれる方が良い。
俺は愛される存在にはどう足掻いたってなれないのだから。
「古橋も結局はただの人間だったって事だね…残念だよ」
ほんの少しの期待が、大きな絶望に変わる事を知っていた。
―愛されてはいけない。
甘い蜜のような感情に絡め取られる事はつまり、死を意味する。
優しさを知るな。
愛しさを知るな。
その先に待っているのは喪失と絶望に縛られた生き地獄しかないのだ―。
「…花宮、」
そんな目で俺を見るな。
「俺は、お前を」
優しさに溢れた腕で抱き締めるな。
「愛しちゃ駄目なのか…?」
「…っ?!」
どうして、どうして。
俺は愛されない存在で、愛は憎むべき存在で。
それなのに、どうして―こんなにも涙が零れるんだろう。
「…俺は、花宮を離すつもりはないから」
「そう、やって…俺を騙すんだ…っ」
俺を甘やかさないで。
愛しさを知った人間が堕ちていく姿なら何度となく見ていた。
それなのに、俺は何故この背中にしがみついて泣き喚いているんだろう。
「花宮が望むのなら、俺は何だってしてやる」
それが人に反する事だって、と腕に力を込めて言われた言葉を俺は信じても良いのだろうか。
「だから…俺だけを愛してよ、花宮」
「…古、橋…」
無感情な瞳の奥に灯った炎に焦がれる。
焼け爛れそうになるくらい、その炎に包まれて、何も考えられなくなるまで甘い痛みを感じていたい。
―これが、恋情。
沸き上がる感情に悦びと恐怖が混じり合う。
手に入らないと信じて止まないものが今、目の前にある。
しかし、それは同時に喪失がある事を表していた。
「…本当に、何でもしてくれるんだな…?」
証拠が、欲しかった。
愛されるという事を俺に焼き付けたかった。
もう、失うのだけは嫌だった。
「俺を……食べてよ」
俺という存在があやふやになるくらい砕け散って、古橋に溶け込んでしまえば良い。
「一つ」になってしまえば、もう失う事を恐れずに済むのだから。
「……花宮が、望むのなら」
「…ふはっ…良いね、そういうの…流石、古橋だ」
最初で最期の、告白だ。
さぁ、触れ合う事すら出来ない、「一つ」になろう。

「古橋、愛してるよ…」

Fin.