君が望むものなら全て捧げよう―その先に何が待っていようと。

"My Lord"

俺の「主人」は傲慢で狡猾だ。
だが、それ故に気高く美しい。
「…なぁ、聞いてんのかよ?」
不満げに頬杖をつくその様子はまさに独裁者のそれだ。
「…聞いてるよ、ちゃんと」
投げ出された足に跪いて接吻をするのは「服従」の証。
この行為が「主人」にとってどんな意味を持っているかは知らないが、酷く気に入っていたから俺も構う事なく接吻を繰り返した。
ふふ、と擽ったそうに身を捩りながら此方に近付くように手招く姿は卑猥で艶やかで、目眩すら感じる。
「古橋はさぁ…どうしてこんなに従順なのかな…気持ち悪いくらいだよ?」
「花宮が嫌なら反抗もしてやるけど?」
至極真っ当な事を俺は言ったつもりであったのだが、「主人」は髪を梳いていた手を止め、目を見開いて笑った。
「ふはっ、それマジで言ってる訳?古橋ってホント、何考えてるか分かんないなー…」
それが愛しいんだけど、と目を細める姿はまるで獲物を仕留めた時の蛇だ。
容赦の無い感情がただ、美しい。
―古橋は俺の為に何だってしてくれるんだろ?
一年前の手が悴む程の寒風が吹き荒ぶあの日、「主人」はそう尋ねてきた。
それは疑問でもなく請願でもなく、たった一言の「命」で、俺は迷う事なく頷いていた―唯一人の「主人」の為に。
「愛してるよ、古橋―?」
嬉しそうに笑む「主人」の瞳の奥には俺の存在など無いのだと分かっていても、俺はいつまでも忠誠を誓う。
それが俺の存在意義であり、「主人」との契約であるのだから。
「…だから、また俺の為に働いてくれるよな…?」
蛇の目に囚われたあの日から、俺の世界はただ一つ。
君の為ならこの手を汚す事だって厭わないだろう。
「花宮がそれを望むのなら…」

―全ては我が主の為に。

Fin.