「古橋…っ」
鼓動が煩い。
顔もきっと赤くなってるに違いない。
緊張するような事でもないのに言えないなんて、有り得ない。
「あ、あのさ…!」
頼むから、黙って頷いて欲しい―とにかく俺は必死だったのだ。

"Shall we...?"

あ。
カレンダーを見て、思わず声を上げかけたのを慌てて呑み込む。
―もうそんなに経ったのか。
気付けばもう1ヶ月が過ぎようとしていた。
何が。
いわゆる『交際1ヶ月』というやつだ。
女子でもあるまいし、そこまで祝うという気も湧いてこないが、1ヶ月も経ったのかと思うと感慨深い。
ずっと付かず離れずの関係を続けていた俺達が、こうやって関係を維持出来ているというのはどこか嬉しいような、こそばゆいような気分にもなる。
そういえば、ここの所色々と予定が合わずに2人で過ごす時間もなかったな、とふと思い立った俺はもう一度カレンダーを見る。
今週は運の良い事に3連休で、その後も特に大きな行事もない。
―好都合だな。
この瞬間に思い付いた自分を褒めつつ、携帯を開いて見慣れた番号にカーソルを合わせて発信ボタンを押した。
無機質な発信音を聞きながら、1日のスケジュールを組み立てていく。
どの日が良いんだろうか、やはり日曜日か。
そうしたら、昼はゆっくり外で買い物をしよう。
確か日曜日なら両親は仕事で帰ってこれないと言っていたから、夕食も一緒に食べて泊ってもらうのも良い。
泊ってもらうなら準備も色々しなければ、と考えがまとまりかけた所であれ、と疑問がポツリと浮かぶ。
どうやって、誘ったら良いんだろう。
特に変わった用事もなく、ただ2人で過ごしたかった訳なのだが、それをそのまま言える程、俺は素直じゃなかった。
なんとなく気が合って、なんとなく寄り添って。
そんな淡白な関係の俺達に、甘い時間なんて作れる訳がない。
―やめた。
スッと頭が冷めて、電源ボタンに手をかけた瞬間、発信音が切れる。
『……もしもし?』
「…っ、ふ、古橋?」
―最悪だ、これじゃごまかす事もできない。
上擦る声に違和感があったのか、古橋の気遣うような声が耳に届く。
『何かあったのか?』
「あ、いや…特に何でもないんだけど…その、なんとなく」
『…なら良いんだけど』
まだ疑いが晴れていないのか言葉を濁す古橋に、焦りを隠すように心配性め、と笑った。
―こうなったら意地でも誘ってみるか。
この関係になる前にも度々出掛けたり、互いの家にだって行っていたのだから今更恥じる事もないだろう。
そう奮い立たせてはみたものの、俺の口からは他愛もないことばかりが出ていく。
「…で、俺は見てただけなのにアイツが勝手に勘違いして…馬鹿みたいだろ?」
『ああ、あれは傑作だった』
クス、と笑いながら相槌を打つ古橋の声が心地好くて、ついつい話が逸れる。
脳内では話の切り出しから電話を切るまで完全にシュミレーションできているというのに、口は思うように切り出してくれない。
―馬鹿じゃないの、俺。
心と身体がちぐはぐになったようで、どこか焦る。
『花宮?』
いつの間にか黙っていたのか、古橋が訝しむような声で尋ねてくる。
今しか、ない。
突然早鐘を打ち始めた心臓を落ち着けるようにそっと息を吐いて、古橋をもう一度呼んだ。
「あの、さ…古橋、この週末ってさ、連休だよな」
『?…ああ、そうだな。それがどうかしたのか?』
じんわりと手が湿り、思わず落としかけた携帯を両手で押さえる。
大丈夫だ、古橋は裏切らない。
「…その、古橋は…連休とか、どうするんだよ?」
『特に、何もないけど』
顔が火照って、耳鳴りがする。
きっと、古橋なら平気だって言ってくれる。
「……日、曜日も、暇?」
『ああ、暇だな』
「あの、さ…!俺も、たまたま、偶然、暇っつーか、その…空いてて」
どこかに行こう、と口に出すか出さないかの内に、古橋が笑う声が聞こえた。
『花宮が来いって言ったら、俺は今からでも行くけど?』
頭がグルグルと回って、そのままどこかに行ってしまいそうな気さえする。
古橋は、俺から電話がかかってきたその時から、何となく予想していたらしい。
『だって花宮、頼み事がある時はいつも電話してくるだろ?』
だから準備してた、と笑いを隠せないでいる古橋の声が実に楽しそうで、嬉しいような恥ずかしいような気分だ。
「…じゃあ、もし俺が本当に何でもない電話をかけてきたらどうしてたんだよ」
『それはそれで良いだろう?準備だってそんなに大したものでもないし』
花宮の為なら何だって嫌じゃないよ、と平気で口にする古橋が少しだけ憎い。
馬鹿、と思いっきり罵倒してみたが、顔の赤みは消えそうにない。
『…それで?日曜日は迎えに行けば良いのか?』
「な、バ、バカーッ!!!待ち合わせに決まってんだろ!!」
―何考えてるんだ、コイツ!!
眩暈さえ感じ始めた頭を抱えながら、シュミレーション通りに何とか予定を伝えて電源ボタンに手をかける。
『おやすみ』
「…おやすみ」
通話終了を知らせる画面が出ると同時にハァ、と息を吐いた。
まるで、普通の恋人同士みたいな会話が出来るなんて思ってもいなくて、何だか照れ臭い。
なんとなく寄り添い合うだけのつもりが、いつの間にか離れられない存在になっている気がして。
―次こそは俺ではなく、古橋が照れるような事を言ってやろう。
静けさを取り戻した携帯を置き、俺はカレンダーに丸印を付けに行くのだった。

今日も明日も、あなたと一緒。

Fin.