感情が表に出ないタイプではある。
自覚もしているし、そこが他人にどう影響を与えているかも把握しているつもりだ。
けれど、そんな俺だって感情に左右される事だってある。

“振り向きざまにキス”

「ちょ、オイ…聞いてんのかよ!離せって!!」
「…」
後ろであからさまに不機嫌そうな声を上げる花宮を華麗に無視し、しっかりと右手を掴んで古橋は廊下を突き進む。
その表情はまさに命令を忠実に実行するロボットのごとく無表情だ。
無表情に歩く古橋と、その後ろで怒る花宮。
ある種の不気味ささえ感じさせるこの光景だが、古橋の思考は至って正常であった。
―イライラ、する。
そう、古橋は怒っていたのだった。
「意味分かんねぇんだけど…オレが何かしたかよ?!」
「……した」
歩く速さはそのままに、古橋は曲がり角を正確に曲がって振り向いた。
急ブレーキ。
「うっわ…!って、古は…んっ」
止まるとは思っていなかった花宮は惰性のままに古橋の腕の中にスッポリと収まり、ここぞとばかりに近付いてきた唇を抵抗する事無く受け止めてしまう。
「…俺の気持ちだって少しは考えろよ、花宮…」
ちゅ、と唇が離れると同時に呟かれた古橋の言葉には、どこか不満めいたものが混じっている。
「今度は何が気に食わなかったんだよ…お前、いつも同じ顔してるから分かんね…」
紅潮した頬を隠すように顔を背けながらも、どこか窺うような花宮の口調に、別に大した事じゃないけど、と古橋は続ける。
「原に、頭撫でられて嬉しそうにしてたから」
「はぁ…?!」
呆れたように目を見開いてこちらを見返す花宮に、言わなかった方が良かったのだろうか、と思いつつも古橋は話を続けた。
どちらかというと、これからの話の方が重要な気がしたのだ。
「花宮、俺と居る時より他の奴らと居る時の方が楽しそうだし…俺は花宮が楽しいんならそれで良いとは思うけど」
瀬戸の様に花宮の思考を読む事も出来ないし、原や山崎の様にからかったり、からかわれたりするのも苦手だ。
かと言って自分が花宮に何か特別な事が出来るのかというと、それも無い。
花宮と『特別な関係』になったとはいえ、古橋の中では不安ばかりが募っていたのだった。
「……馬鹿じゃねぇの」
古橋が喋り終わるまで黙っていた花宮が俯いてボソリと呟く。
「古橋は、黙って俺の傍にずっと居れば良いんだよ!!」
他の事なんて考えなくても良い、と袖口をギュ、と掴んでくる花宮に愛しさが込み上げる。
「古橋なんかじゃ一生気付かないようなコトを俺は知ってんだっつーの…って言わせんな、バカー!!!」
「…ありがとう、花宮」
自分はどうやら思っていた以上に愛されているらしい。
恥ずかしさのあまり古橋の肩を叩き始めた花宮を宥めながらそっと抱き寄せると、花宮がキョトンとした表情でこちらを向いた。
「…古橋が笑ったトコ、初めて見た…」
「……笑ってる、か?」
あまりの自覚の無さに花宮も呆れたように笑って、クツクツと肩を揺らす。
「変な奴だよなぁ、古橋って…!!」
「お前にだけは言われたくない言葉だな…」
今度は少しだけ意識して微笑んでみるが、変、と容赦なく花宮に言われて。
それでも、どこか温かい気持ちが心一杯に広がって嬉しくなる。
感情を表に出すのは苦手だ。
出す必要性もあまり感じない。
けれど、花宮と触れ合う度に少しずつ感情に左右され、表に出るようになってきた気がする。
―花宮が、俺を変えてくれる。
些細な事で嫉妬するのも、恋焦がれて苦しむのも全部、花宮に教えられた。
―俺も、花宮に伝えられれば良い。
一人で居る事の寂しさを、人を愛する事の喜びを。
「ふはっ…何変な顔してんだよ、キモイ…!!」
「……花宮の笑い方も変だけど」
他の奴らには及ばない事が沢山あるけれど。
そこは花宮の言う『良いトコ』とやらを信じてみよう―そう思えたんだ。

Fin.