少しだけ汗ばむような、そんな春の陽射しが煌めいて。
青々とした葉がサワサワと音を立てて揺れた。
「日向」
風の音に掻き消されそうな程小さく呟いたつもりなのに、彼はくすぐったそうに肩を竦めて笑った。

"木漏れ日の中で笑えば"

「っはー、着いたぞ!!」
「…思ったよりも距離、あったな」
グイ、と両手を伸ばして身体を反らせば、心地好い風が全身を包み込んだ。
柔らかそうな緑の上に座り込んだ日向は眼下に広がる風景を見つめながら、感慨深げに溜め息を吐いた。
「…にしても、まさかこんな近くに城跡があるとはなぁー」
「ずっと暮らしてたのに、全然知らなかったな…どんな人がいたか分かったのか?」
「いや、名前は分かんなかったけど…ここと隣街くらいを治めてた小さな城だったらしい」
この短期間でそこまで調べたなら十分だよ、と伊月は笑ってみせたが、日向はまだ不満な様で唇を尖らせて伊月を見る。
この手の話題になると途端に頑固者になる日向が今にも武将の歴史を語り出しそうになったので、慌てて伊月は言葉を訂正した。
「日向なら、近い内に見つけられるって」
「…お前、俺の扱い上手くなったな…」
「長く付き合ってるからな」
まだ不満そうに文句を呟く日向が可愛らしくて、思わず笑いそうになるのを誤魔化すように伊月は鞄に放り込んできたペットボトルを取り出した。
小さいとはいえ、丘の頂上まで登ったのだ。
身体は水分を欲していた。
ゴクリ、と一口流し込めば、全身が潤う様だ。
「…ったく、そういうのは様になるだからな…」
「ん…何か言ったか?」
「別に!」
日向の頬がほんのり赤みを帯びたのはきっと気のせいじゃないだろう。
愛しさについ頬が緩んで、これに気付かれたらきっと日向は顔を真っ赤にして怒るんだろうな、と他人事のように考えた。
半ばヤケになりながら水を呷る日向の口元から飲みきれずに水が顎を伝った。
「…日向、それ反則」
「は?何のはな…っん」
チュ、とわざとらしくリップ音を残してやれば、日向はパクパクと無意味に口を開けては閉じている。
「無意識に誘ってるんだから…日向は」
「な、な、な訳ねぇだろ、ダァホ!!」
プシュウと音を立てて今にも爆発しそうな日向にここぞとばかりに距離を詰めれば、バカ、と頭を叩かれる。
「…痛いよ、日向」
「当たり前だ、バカッ…いきなりあんな事しやがって…」
「でも、嫌じゃなかっただろ?」
「〜ッ、知るか!!」
―素直じゃないな。
そそくさと立ち上がり、伊月に背を向けて歩き出す日向を見やりながら、そっと呟く。
「オイ、置いてくぞ!!」
「今行くって…なぁ、日向?」
「…んだよ」
照れ隠しなのか、目を逸らしたままの日向の髪をやんわりと撫でながら、伊月は笑った。
「名前、分かったら…また来ような?」
「あ、当たり前だろ!!」
その時は絶対お前も一緒だからな、と言いながらまた先に歩き出してしまった背中を追って、伊月も歩みを進めた。

Fin.