甘く甘く、蕩けてしまいそうな、それはまるで―。

"砂糖菓子の様な、"

秋田で迎える初めての冬だ。
ここの冬は駆け足で近付いてくるくせに、突然走る事を忘れて、この町に長い雪の季節をもたらす。
東京ではなかなか見られないとはいえ、こうも白銀の世界を見続けるのは、流石に飽きた。
窓辺に置かれた椅子からゆっくりと立ち上がって部屋を見渡せば、丁度同居人がマグカップを二つ、棚から取り出していた。
―さっすが、室ちん。
同居人であり先輩でもある室ちんこと氷室辰也は、何かと自分の世話を焼いてくれるのでこちらもついつい甘えてしまう。
今だって、そろそろ外を見るのを飽きてしまうのを見計らっての行動だろう。
「…ねぇ、今日のおやつ何〜?」
「昨日買ったマフィンでも開けようか」
コトリ、とテーブルにカップを置きながら微笑む姿に、つい見惚れてしまったのは内緒だ。
―室ちんは、強くて格好良い。
以前にそんな様な事を言ったら、俺はスーパーマンじゃないよ、なんて照れ笑いを浮かべていたっけ。
帰国子女だからなのか、どこか異国情緒漂う雰囲気と人に心を読ませないポーカーフェイスは、どこか冷たい印象を受ける。
けれど、実際に共に過ごしてみたら冷たいなんて事は全然感じられなくて、むしろ暑苦しい位の世話焼きで、とても驚いたのを今でも鮮明に覚えている。
「…菓子の前で大人しい敦なんて、初めて見た」
小さく目を見開いてこちらを見つめる室ちんの手には、甘い香りの漂うチョコレートマフィン。
「…俺も、初めてかもしんない」
何よりも菓子が一番だったのに、いつの間にか順位が替わってしまったようだ。
―これも、室ちんの影響だし。
ふとした瞬間に、こうやって考え込んでしまう。
ほんの少しだけ、バスケをしてる時間が増えた。
世話焼きの室ちんのせいで、面倒臭い事ばかりが増えてしまった。
―でも。
確かに"氷室辰也"という人間の意志が、想いが、自分の中で根付いていくのが嬉しい。
「…で、どれが良いんだ?」
差し出されたマフィンは白と黒のマーブル。
混ざり合っているようで相対する色は、まるで自分達の様だ。
―二色あるから、楽しい。
「チョコの多い方ちょーだい」
「本当に甘いのが好きだな、敦は」
「まーねー…あ、そっちも食べるし!」
「はいはい、温めてくるからちょっと待ってろって」
ジンワリと掌に伝わるカップの温度と甘い香りに自然と頬が緩む。
この長い長い冬が終わりを告げる時、自分は一体どんな風に変化しているんだろう。
「あの頃」は変わる事が怖くて仕方なかった筈なのに、今は楽しみでならない。
だって、室ちんならきっと、しょうがないな、なんて笑いながら抱き締めてくれる気がするから。
「お腹減ったし〜!!まだ〜??」
やっぱり、考え事はお腹が減るらしい。
早くお腹一杯にしてよ、なんてこっそり呟きながら、今日も今日とて、俺は甘い甘い"お兄ちゃん"の元へ駆けて行くのだ。

Fin.