ビターチョコレートのようにほろ苦くもなく。
まいう棒のように色んなフレーバーがある訳でもなく。
それはただ甘くてふわふわなだけなのに、どうしても止められないんだ。

"マシュマロ"

「…敦、いい加減にしたらどうだ?」
やや呆れ顔で伸ばしてきた室ちんの手をすんでのところで止め、俺はまた一つ、口に放り込んだ。
ふにゃ、と口の中であっけなく崩れていってしまうそれは、幾つ食べても食べ足りない気がしてしまうから厄介だ。
「室ちんは俺がこれ好きなの知ってんじゃん…」
「知ってるから、食べ過ぎる前にそろそろ止めた方が良いって言ってるんだよ」
この前だって俺が取り上げるまで食べてたじゃないか、と尤もな事を言う室ちんに、ムス、と俺はあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「…じゃあ室ちんこそ、こんな大きいの買ってくんなし」
俺が片手に抱え込んでいるそれは、室ちんが海外直輸入の店で買ってきたもので、日本製のものとはパッケージの大きさも一粒の大きさすらも桁違いに違う、いわゆるビッグサイズというものだ。
さすがにこの切り返しは効いたのか、室ちんも困ったように眉を下げる。
チャンスとばかりにもう一つ、と摘まんだ所で袋が奪われてしまった。
「……室ちんのケチ」
「俺は敦が満足すると思って買ったんだけど…失敗だったな」
「俺は全部食べなきゃ気が済まないんだってば〜」
首を横に振りながらクルクルと器用に纏めてしまった室ちんを恨めしげに見つめながらも、どこか楽しんでいる自分もいることに気が付いていた。
―お前が、好きなようにすれば良いよ。
いつだって、そう言われて育ってきたのだ。
好きな物を好きなだけ与えられ、自分のしたいように生きてきた。
だから、こんな風に叱られる事なんて有り得ないし、まさか取り上げられる事があるとは思っていなかった。
でも、室ちんの言う事はそれはそれは正し過ぎるものばかりで、最近ではこれが「当たり前」なんだな、と素直に受け入れている。
―室ちんの、家族に会ってみたいなぁ…。
きっとそっくりのお節介焼きで少しだけ不思議な、優しい家族なんだろう。
「アメリカ、行こうよ」
「え?」
室ちんの育った場所に興味が湧いていた。
いや、室ちんを形作った人、物、空気…とにかく全てを知りたいと思ったのだ。
マシュマロは一袋食べれば満足出来た。
でも、室ちんの事は幾ら知っても満足出来そうにない。
「…急に、どうした?敦がそんな事言うなんて珍しいな?」
厳しく叱りつけてくると思っていたら、こんな風に気遣うように優しく髪を撫でてくれる。
―どんなお菓子があったって、もう室ちんがいなきゃ…物足りないし。
ほろ苦いようで甘くて、堅物だと思ったら包み込むような柔らかさで。
どんな物よりも、室ちんが好き―。
「なーんでもないし…隙アリ!」
「あ、オイ、敦!!」
ふわふわと口の中に広がる甘さが心も腹も満たしていく。
幸せの味って、きっとこんな感じなんだろう。
「こーら、敦!」
「ふふー、止めないし〜」
甘くて甘くて、柔らかく溶け込んでいく。
これだから、俺は止められないんだ―。

Fin.