「なあなあ、今日さー」
珍しく、寮の部屋にやってきた青峰が凭れ掛って、構って欲しいと言わんばかりにTシャツを弄る。何や?と顔を参考書に向けたまま、青峰に返事をすると参考書をポイ、と放られてしまった。一応受験生なんやけどなあ……。
「聞けよ、今吉サン」
「はいはい、何だって聞いたるから、すぐ物投げるのだけはやめえ」
「ホント?何でも?嘘吐いたら一か月はカントクんトコ行くぞ」
一回約束(大したものではなかった気はするんだが)を反故にしたら、一か月も禁欲生活させられた上に、原沢監督の所へご丁寧に遊びに行くのをまざまざと見せつけられるという酷い仕打ちを受けたので、これはしまったなあ、と頭を掻く。何でも、なんて、高校生の自分には叶えられるものと叶えられないものの上限くらいはある。そこは考慮してくれると嬉しいと思うのだが、このワガママし放題のウチのエース様が聞いてくれるかは、限りなく低い確率だ。
「まあ、聞ける範囲の『何でも』な〜?これで法外なモン、頼まれてもワシにはどーしようもないからのー」
「簡単、簡単!今吉サンもぜってー気に入るから、な?」
だから、聞いて?と言わんばかりの上目遣いは一体どこで覚えたのやら。これが素だなんて言われるから、余計に厄介なのだ。
「しゃあないな〜……。今回だけやで?」
「そー言いながらいつも聞いてくれんじゃん」
「……そこは言わん所や」
この小悪魔エース様に魅了されてからずっと、振り回されているのは事実だ。出来ん相談もなあなあに上手くやっていれば、どうにかなる事を知ってからは、何でも聞いてる気がする。ハア、とわざとらしく溜息を吐いても、当の本人は我関せず、といった体で誰かに連絡をしている。
「今日さあ……オレの誕生日なんだよ」
ボスン、とベッドに転がり、枕を抱えながら青峰がボソリと呟く。そういう大事なコトははよ言わんかい!と思わず叫びそうになったのを、必死に堪えた。青峰はいつもこういう人間だから。自分の事はいつだって二の次で(というより気にしていない、という方が正しいのか)、思い立ったかのように少しずつ話してくる。まるで、カードの切り札を一枚一枚、出していくように。
だから、今回の件も青峰が口に出さなかったら、何もなかったに違いない。一応曲がりなりにも『恋人』であるのだから、そういう事はもう少し早く言って欲しいものである。
「そんでさ、カントクに美味しそうなショートケーキ、買ってもらったんだよ」
―あの人には、教えたんかい。
少しだけ、嫉妬心が燃えるのを感じたが、おそらくケーキを買ってもらえそうだと青峰が考えた結果、少しだけ先に監督の方が知っていただけだ、と自分を抑え込む。いちいち青峰の行動にケチをつけていたら、キリがない。だから、ここは諦めも必要なのである。
「すんげえおっきいイチゴも載っててさ、クリームもたっぷりで、美味そうなの。あんなでっけーケーキ食った事ないからさ、オレ嬉しくてさ」
惚気るなら、桃井にでも言えっちゅうに、と何度も言いたくなるのを飲み込んで、ワシは青峰の言葉に頷く。
多分、この話もワシに何かしら関係があるから言ってるのだろう、と思いながら。
「でさ、そのまま食べんのももったいねえなってカントクと話しててさー」
「はいはい、それでワシにお鉢が回ってきたんね」
「そーいうコト」
ニヤリ、と青峰が艶めいた笑みを浮かべ、チロリと紅い舌を見せる。
「なあ……今日、ココ……汚してもいい?」
ああもう。いつだって、こうやって誘って食い散らかすのが青峰の悪い所だ。理性がブチ切れそうになるのを必死に堪えるのがやっとである。
「ええよ、そろそろ洗濯しようと思ってたしな」
コクリ、と青峰の喉が小さく動くのを、ワシは見逃さなかった。

「……で、何で監督も一緒なん?」
「ケーキ買ってもらったから」
さも当たり前のように言い放つ青峰。青峰の目の前には白くて大きな、ショートケーキ。
「今吉君の所へ持って来いなんて言うから、嫌な予感がしたんですけどね……」
監督が額に手を当てる。そりゃそうやろ、嫌な予感以外何を感じるんや。
「んじゃ、たっぷり……食べちゃおうぜ?」
青峰は、焦らす様にゆったりと服を脱いで、その褐色の肌をありありと見せつける。あーん、とテラテラと濡れた唇を大きく開けて、監督が差し出したクリームを頬張っている。
食べるって、それだけじゃあ、ないやろ?
わざわざ全部脱いで、ケーキを頬張らせるだけを期待している訳ではないというのは、分かる。しかし、タイミングを計りかねる。
「今吉サーン。ぽかーんとしてっと、カントクが全部オレの口に入れちゃうぜ?」
ニヤニヤ、と挑発するような笑み。分かっててやってるお前の心中を、一回で良いから覗いてみたいわ。
青峰は人差し指でクリームを掬うと、ペタ、と鎖骨に塗った。
「ほら、あーん?」
性悪。ホンマに、性悪。
でも、そんなヤツに踊らされて悦んでるワシも、相当やなあ。ああ、今日はもう滅茶苦茶にしてもええんやろうか。隣部屋の諏佐に聞こえるやろうなあ、とボンヤリ思いながら、ワシは鎖骨で溶けようとしているクリームに向かって犬歯を剥き出して、噛り付いた。
「〜っ、あっ、あっ……いたい、いたい……っ」
ツウ、とクリームに混じって青峰の血液が少しだけ、滲んだ。
「ほうら、チョコショートケーキや。ええやろ?」
「ばあか……っ、今吉サンのエッチ!!」
「そういうんが、お好みなんとちゃうの?痛いンは勘弁なん?好きやろ、苛められんの?」
「私の方にも、少しくらい得をさせてくださいよ」
「んぅっ……っ、ぅ、や、カン、トク……っ、何っ、いれ……っ」
「イチゴ、美味しく頂くんでしょう?クリームもたっぷり付けたから、大丈夫だと思いますよ?」
「んやあっ……っ、はっ、でも、ぐりゅぐりゅして、いいっ、かも……っ」
ワシは早くも吐き出そうと膨れ上がった青峰のソレに、リボンをサッと巻き付け、拘束する。やるからには徹底的に祝ってやろうやないの。
「んはっ、なんっ、今吉サ……っ」
「そんな早うイカれても面白ないやん?ちょっとくらいは我慢しいや」
「ばあっかあっ……っ」
クリームとスポンジを無造作に掴んで、乳首に投げつける。
「いーただきまーす」
「オレの……っ、ケーっ、キ!」
「はいはい、ちゃんと口移ししたるから、ワガママ言わんの。ほーら、ちゃんと気持ち良うなったら、もっとエエ事したるから、な?」
「んむっ、はむうっ……」
乳首をベタベタと弄りながら、ワシは口に含んだケーキを青峰に食べさせてやる。ええセンパイやん、自分。
「私も、青峰君に差し上げますね、はい、どうぞ」
「んんっ、うむうっ……はっ、あまっ……」
「甘いのがええて言うてたやん、さっき」
「大きいのが欲しいって言ったのは、青峰君ですよ?」
「〜っ、けどっ、何か、物足りね……っ」
カプリとケーキを頬張って、嚥下する青峰。たったそれだけの行為なのに、卑猥に見えるのは気のせいなんやろか。
青峰はクリームだけを器用に舌で掬うと、こっちに来るよう、目線を向けてくる。
「いはよひはんの……っ、はへへやふよ」
「はあ?何言うとるんか、さっぱり分からんわ」
何となく口の動きで分かっていたけど、あえて知らんフリをするのは、それが自分に悦びを感じさせるから。まあ、いやがらせすんの、めっちゃ楽しいやん?
ムッとした表情を一瞬だけ見せた青峰に内心で笑いながら、その行為の続きを待つ。青峰は完全にワシの手中で転がってるのに、それに気付かない。それが、面白くて堪らなかった。
「いへろよ……!」
行動は思った通りのもので、でも反応せざるを得ないのは、男の性というもの。
ヌラリとした舌とクリームで細かく上下に擦られると、どうしようもない感覚に陥る。青峰の舌先は、まるで蛇のように細やかに、艶やかに動く。
「っ……」
ニヤリと青峰の口角が上がる。ワシが感じているのにご満悦のようだ。後ろで尚も執拗に弄り倒している監督と視線が一瞬だけ、交わる。
―そろそろ、エエかな。
グ、と咥内を思いっきり突き上げて、喉の奥まで突っ込んでやる。青峰は少しだけ驚いた表情を見せたが、もう慣れっ子なようで機嫌良く口元から涎を垂らしながらも咥えて離さない。
「〜っ、んんっ、んうっ……っ」
後ろの方からの衝撃にも、懸命に眉を顰めて耐える様子は見ていて気持ちが良い。この変態ドS、と罵られそうだが、生憎その口はワシのもんで塞がっている。
どんな誕生日を期待してんねん、と思いつつも快楽の波に流されかける思考に、こちらも限界ギリギリなのだという事を感じる。
「お誕生日、おめでとさん」
「良い誕生日になりましたね?青峰君」
「〜っ、んんっ、んー……っ」
一気に青峰の表情が強張っていく。多分、ワシも。
グ、と最後の最後に奥へ突いて、咥内に思いきり吐き出した。
青峰も、同時に果てたらしく、へにゃりと口が離れ、精液と唾液まみれの唇がテラテラと光っていた。
「っ、はぁ、はぁ……!アンタら……っ、マジ、変態過ぎ!」
「お前に言われとうないわ」
口ではそう言いながらも、頭をそっと撫でてやると、気持ちが良いのか、目を細めてこちらを見る。ああ、そんな顔するからいかんって分かっとるんかなあ。
「ま、美味しく頂けたんやないの、ケーキ」
「……ぐちゃぐちゃなんだけど」
「それが望みじゃなかったんですか?」
「……っ、バカ!寝る!」
クルリと背を向けシーツに丸まってしまった青峰に、やれやれと二人で肩を竦めながら、トントン、と背中を叩く。
「おめでとう、青峰?」
「機嫌、直してください。明日また、買ってきてあげますから」
「…………イチゴ沢山載ったの」
「分かりました」
「ワシは?何かしたってもええで?」
「……シャワー」
「はいはい」
ワガママし放題のウチのエース様は、ホントはメッチャ可愛いんやって教えてやりたいとこの時ばかりは思ったのであった。
―ま、これ以上ライバル増えても困るけどな〜。


Fin.