「今吉サン、」
そう呼び止めてみたは良いものの、その後の言葉が続かない。
自分に向けられた視線と人の良さそうな笑み。
そのどちらもが嘘で塗り固められたものでしかないように思えて、俺は僅かに息を詰まらせる。
気付いた時にはもう身体中に絡みついていた『欲望』という名の糸は、刻一刻と俺を死に至らしめようと鋭利さと非情さをもって迫りくる。
「俺は、」
「何も言わんでも、分かっとる」
にこり、と穏やかにその口元が弧を描けば、俺の心臓は痛いくらいに締めつけられて。
―俺が見たいのは、そんな顔じゃねぇ。
欲望に身を焦がれ、理性と本能の狭間で喘ぐ、ドロリとした内側の感情さえも俺に曝け出して、いつものアンタなんて感じさせないくらいに壊れれば良い。
俺は、アンタのそのピッタリ張り付いたそのエガヲを、グチャグチャに壊してぇんだ。
「のー、青峰、お前は気付いてるんかなぁ」
じりじりと近付いてくる指先が、その感情の伴わない声が、早く、欲しい。
早く、早く、早く。
アンタを壊したい、崩したい。
「ワシかて、お前のそのツラ、ぐちゃぐちゃにしたいんよ?」
「…っは、何を今更」
先に壊したのはアンタだっていうのに。
「今吉サン」
粉々に砕け散った感情を掻き集めるようにして、
もう一度だけ、その名を呼んだ。


“どちらからともなく、キスをした。”

Fin.