秋も深まり始め、暖かな陽射しもどこか遠くに感じる。
受験の合間の休憩、という名目で岩村と春日は久しぶりの休日を楽しんでいた。

"ある休日の偶然"

「およ?」
「…どうかしたのか?」
少し先をジッと見つめながら立ち止まってしまった春日に、岩村は不思議そうに首を傾げた。
「あ、いや、別に大した事じゃないんだけどさー…あ、やっぱそうだ」
アイツ、と指を指す春日に釣られて岩村もその方向に目を向けると、懐かしい人物が立っていた。
「まこた〜ん!」
中学振りだろうか、と岩村が感慨にふける間もなく、春日は珍妙な渾名を呼び、その人物―花宮真―に駆け寄っていった。
「…え、春日、さんと岩村さん」
「久しぶりだね〜ぃ。まこたんも買い物?」
ニコニコと笑顔で話しかける春日とは対照的にどこかぎこちない表情で答える花宮は視線を右往左往させている。
「あの、春日さん…」
「ん〜?」
「前から言いたかったんですけど…何で、俺の事そんな風に呼ぶんですか?」
「そうだな、可愛いから〜?」
あくまで真面目に答える春日に、思わず岩村は吹き出した。
相変わらず春日のセンスにはついていけない。
花宮もまさかその様な返答が来るとは思っていなかったのか、一瞬唖然とした表情を見せたが、すぐに気に食わないとばかりに唇を尖らせた。
「俺、可愛いって言われても全然嬉しくないんですけど」
「流石に男に向かって可愛い、は無ぇだろ…」
静観しているつもりであった岩村も花宮の言い分は最もだと口を挟むが、春日は気にする様子もなくだってさ、と話を続けた。
「だって…まこたんって柴犬みたいで可愛いじゃん」
「…どこら辺が柴犬なんだ…」
「えーと、眉毛とか?」
似てるだろ〜?と花宮の頭を撫でながら話す春日はさながら愛犬を紹介する飼い主の様で、岩村は苦笑するしかなかった。
「…春日さん」
「まだ文句あるのかよ〜」
「文句というか、意味が分からないんですけど…!!」
春日の手から逃れるように花宮は少し前へ出ると、大体、と指を突き立てて抗議をしてみるが、当の春日は興味が無さそうな表情である。
少しは花宮の話も真面目に聞いてやれ、と岩村はこっそり思ったが、春日もなかなか頑固者である。
一度言い出したら誰が文句を言おうと聞く耳をもたないだろう―それが例えどんなに小さな事だとしても。
いつになったらこの話は終わるだろうか、等と早くも二人の言い合い(と言っても既に決着はついたも同然だが)から離脱しかけていた岩村に、これまた懐かしい姿が目に入る。
「木吉!」
「あ、岩村さん!」
穏やかな笑みを浮かべて近付いて来た木吉に、後ろの二人も気付いたのか、言い合いを止めこちらを見る。
「この前のストバス大会振りだな…調子はどうなんだ?」
「まぁ、それなりに」
木吉が曖昧な笑みを浮かべつつもどこか楽しげな表情を見せている辺り、順調に進んでいるのだろう。
近い内に軽い試合でもしないか、と木吉を誘おうと岩村が口を開いたのと同時に春日が不満げな声を上げた。
「どうしたんだよ、まこたん〜、急に帰るとか言い出して」
「……いや、お、俺はこれで」
「お、花宮。久しぶり…でもないか」
「そ、だね、木吉」
二人の間に気まずい雰囲気が流れている中、岩村は中学時代に彼らがあまり良い関係では無かった事を思い出し、こっそり眉を寄せる。
春日もさすがに二人のただならぬ様子に気付いたのか、苦い表情だ。
居心地の悪い空気が四人を包む中、再び口を開いたのは春日だった。
「…そうだ、木吉。お前に聞きたい事があるんだけどさ〜」
「…?何ですか」
「まこたん、って渾名、良いと思うよな〜?」
「…ッ!?な、何言い出してるんですか、春日さん…!」
パクパクと口を開閉させる花宮を前に春日はなおも話を続ける。
「俺ね、まこたんって柴犬みたいで可愛いな〜って思っててさ〜、まこたんって渾名に合ってると思わん?」
「柴犬…ですか」
まだその話を引き摺っていた事に驚きを隠せなかった岩村であったが、それよりもぎこちなかった木吉の表情がどこか独特の柔らかさを含み始めたのを感じ、おや、と首を傾げる。
「木吉…っ、春日さんは冗談で言ってるんだって!」
「まこたんこそ諦めが悪いなぁ〜…な、木吉はどう思う?」
何故か焦る花宮とここぞとばかりに自分の意見を推す春日を木吉は交互に見やり、そして会った時と同じ、穏やかな笑みを浮かべた。
「良いと思います、その渾名」
俺も呼ぼうかな、と冗談とも本音とも取れるような言葉を付け足せば、花宮は今にも倒れ込みそうな程に肩を落とした。
「…バッカじゃねぇの…俺、もう帰る」
さよーなら、と棘を含んだ瞳でこちらを睨むと、花宮は足早に去っていく。
「からかい過ぎたか…あ、俺もこれで失礼します」
一応花宮が気になるんで、と柔和な笑みを崩す事なく、木吉も一礼すると花宮の向かった方向へ走り去っていった。
「…何かさ〜、俺達恋のキューピッドになっちゃった?」
「は?いきなり何を言い出すかと思えば…」
「俺見たんだよ、まこたんの顔赤くなったトコ」
青春してるな〜、等と呟きながらニヤつく春日を呆れた顔で見つめながらも、先程見た木吉の笑みが脳裏を過る。
「…あながち間違ってないかもな」
「だろ〜?」
「お前が得意気になるな」
「良いじゃん、面白い物見れたんだし」
良い息抜きになったな、と笑う春日に、どこまでポジティブなんだと突っ込みたかったが、確かに思わぬ再会は良い刺激になった。
「…受験が終わったら、アイツらも誘って遊びに行くか」
「良いね〜、それ!」
俺達の受験が終わる頃には、あの二人にも何かしらの変化があるのだろうか―。
まだ見ぬ未来の再会に思いを馳せながら、二人も帰路につくのであった。

Fin.