図体がデカイからって、考えも大人っぽいなんて、間違っても思うな。
それが俺の教訓。


"大きい子供"


「お疲れー」
「おー、また来週」
ゾロゾロと部員達が出ていく中、俺は日誌を取り出した。
リコが毎日のトレーニングメニューや分析は書いているから、俺が書くのはチームの雰囲気はどうだった、大会までにこうしたい、なんていう些細な事だ。
それでも俺が主将を任された(と言うべきなのか未だに謎だが)あの日から欠かさず書くようにしている。
これが自分達のバスケなのだと、主張してみたかったのかもしれない。
今日もまた他愛の無い内容を記して、ノートを閉じると、先程までの部室の喧騒は嘘みたいに静まり返っていた。
「お疲れ」
「…鉄平、まだいたのかよ」
自分しか残っていないだろうと思っていた俺は突然の声に驚きつつも、鉄平の方へ鞄を持って歩き出す。
―図体はデカイ割に、猫みたいに気配が消えるんだよな…。
不思議だ、と首を傾げてみるが、鉄平の変人ぶりは今に始まった事でもないので考える事を諦めた。
「明日は久しぶりの休みだなー」
「そうだな」
そうなのだ、明日は誠凛バスケ部では珍しい休日なのである。
練習も嫌いな訳ではないが、たまにはゆっくり休みたいのが正直な所だ。
久々にジオラマの続きでもやろうか、なんて考えていると鉄平が肩を叩いて、なぁなぁ、と人懐っこい笑顔でこちらを向く。
何だか、この笑みは嫌な予感しかしない。
「明日休みなんだし、どっか遊びに行こうぜ?」
「断る」
「何で!?」
―ほら、やっぱり。
暇だろ?なんて事も無げに言う鉄平に対し、俺はジオラマを作るんだとスッパリ切り捨てる。
「…大体、休みまでお前と一緒にいる理由がない」
「あるだろ、俺達は付き合っ「黙れ」
―あぁ、心臓に悪い。
ここぞとばかりに俺の手を掴む鉄平の腕を容赦なく叩き落とし、鋭い視線を向ける。
不本意ながら(本当に不本意ながら!)、俺と鉄平はいわゆる"お付き合い"とやらをしている。
鉄平が言わんとしている事は分からなくもないが、俺としては休日まで鉄平に振り回されてどうにかなってしまいそうになるのはもうこりごりだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか鉄平は黙り込んでどこか遠くを見ている。
明日は穏やかに過ごせそうだ、と見込んだ俺の頭は早くもジオラマに向かい始めていた。
「おりゃ!」
「ハッ?!」
視界が途端に歪み、周りの景色がボンヤリとする。
そう、眼鏡を鉄平にまんまと奪われたのである。
「だアホ!いきなり何すんだよ!!」
ボンヤリと安定しない視界の中、木吉が笑ったような気がした。
「眼鏡が無かったら、ジオラマ作れないよな?」
「テメ…」
ここまでして俺と遊びたいのか!と叫んでやりたかったが、そこは真面目にもちろんだ、と答えられそうなので、睨むだけに留める。
まずは眼鏡を取り返して、それからこのバカを何とかしよう―そう心に決めた俺は、より一層視線をキツくした。
「…黙って返せば一回殴るくらいで許してやる」
「そんなんじゃ俺に不公平な事ばっかりだろ」
「……良いから、返せよ!!視界がボヤけて気持ち悪ィ!!」
「………じゃあさ、俺から取り返したら良いぜ?もう明日も諦める」
何がじゃあ、なのかは全く理解できなかったが、少しは譲歩してくれるようだ。
「じゃあ、こっちも遠慮なく…っ!!」
明日の穏やかな休日の為に、俺は力任せに鉄平の腕を強く引いた。
「「あ」」
コツン、と額同士がぶつかり、鈍い痛みに眉をしかめながらも真っ直ぐに見れば、何故か俺の眼鏡を掛けながら驚いた様に目を見張る鉄平と、視線が絡み合った。
「…悪ぃ」
「あ…いや、俺こそふざけ過ぎた」
眼鏡を掛けただけなのに、何故か鉄平がいつもと違う表情をしていた気がしてモヤモヤとした気分に包まれる。
ん、と差し出された眼鏡を受け取ったは良いものの、どこか気恥ずかしくて俺はやっとクリアになった視界から鉄平を外した。
「じゃ、また来週、な」
「…は」
まだまだ分かれ道までは長いというのに、鉄平はちょっと困った様な、淋しそうな笑顔を浮かべて手を上げた。
こんな時の鉄平は異様なまでにあっさりと、手を引く。
自分よりも、他人の為に―いつだって、鉄平は自分を犠牲にするのだ。
―全く、面倒臭いヤツ。
「…だアホ、勝手に1人で自己完結すんな…!!」
「え…」
「俺の邪魔しないんなら、来ても良い、けど」
「行く、絶対行く!」
途端に満面の笑みを浮かべて、さながら大型犬の様に飛びついてきた鉄平に蹴りを入れつつも、あまりの喜びように俺は思わず笑ってしまった。
結局は俺も惚れているのかも、なんて一瞬頭に過ったが、考えない事にした。
「じゃあ、何しよっか!!」
「ジオラマ」
「……順平ぇ……」
まぁ、こんな休日がくるのも、悪くない。


Fin.