どんなに傷付けても、
どんなに壊しても、
君が、消えない。

"Monopoly"

「…もう、いい加減にしたらどうだ?」
頭上から溜め息混じりの声が降ってくる。
どうにかして頭をそちらに向けようとするが、ガッシリと大きな手がそれを妨げる。
「…アイツは、もうお前の事なんか見てない」
「……だから?」
グ、と腹部に踵がめり込み、息を細く吐き出す。
―あぁ、俺、蹴られたのか。
何度も痛めつけられた身体は精一杯の防御なのか、もう痛みを直接感じる事が出来なくなっていた。
「他人を虐めるのは得意なくせに、当の本人はそこまで耐性無いんだな…」
つまらない、と吐き捨てるように呟いた言葉には普段の穏やかな人格の欠片も感じられず、ただゾッと身震いするしかなかった。

―『俺の、邪魔をするなよ』
あの日、呼び出された第一声にそう言われて、正直何を言っているのか理解出来なかった。
穏やかな表情と発した言葉が酷くちぐはぐだったのもあって、俺は困惑していたのだ。
何を言っているんだ、と口に出す隙も与えられず、木吉は話を淡々と続ける。
『アイツは、痛みを覚えなきゃ駄目なんだよ』
痛みを知れば、どんな子供だって何が間違っていたか覚えるだろう?
確かに木吉はそう言って笑った―アイツが話していたような穏やかな瞳で。
『俺は、アイツを愛してる…だから、教えてあげなきゃいけないんだ、何が正しくて、何がいけないのかを』
恐ろしかった。
愛を告げている筈なのに、それは死刑宣告の様な非情な響きを持っていた。
『だから、邪魔しないでくれよな…古橋?』

「…何、考えてるんだ?」
グイ、と身体が浮き上がり、木吉の瞳と真正面から対峙する形になる。
「お前の…木吉の、事だけど」
「冗談キツイな、古橋は!そんな事言われても、俺は嬉しくないぜ…?」
フワ、と無邪気な笑顔が見えると同時に、背中に衝撃が走る。
「…っ…俺に痛みを教えたって、アイツはお前の所には、戻らない…」
「お前のせいでな」
グリ、と傷を強く抉られるような感覚に、思わず悲鳴が漏れそうになる。
靄がかかり始めた視界に自分の身体が限界に近付いている事を感じたが、それでも意識を手放す訳にはいかなかった。
「…じゃあ、木吉も痛みで愛を…教えて、やるよ」
「…どういう、」
意味だ、と木吉が言葉を紡ぐと同時に俺は深い口付けを交わし、口内を貪る。
ガリ、と思い切り舌を噛んでやれば、木吉は痛みに顔をしかめて突き飛ばすように俺を放った。
地面に叩きつけられた身体が撓って激痛が全身を包む。
「お前の愛は、こういう事だよ…木吉」
「何、言って…」
痛みで尋常な判断が出来ないのか、やたらに俺の舌は饒舌だ。
それでも良い、木吉が俺に支配されれば良いのだから。
「…だから、木吉はずっと俺に愛を教えてくれてたんだよな?痛みが愛なら、お前
は、俺を愛してるんだ」
「俺が、お前に…?」
「…そう…俺、嬉しいんだ…愛されるのが」
だから、と近付いてきた木吉の手を取り自らの首に引き寄せる。
「もっと、愛してくれよ…木吉?」
お前の愛が正しいと言うのなら、教えてやるよ―その代償を。
アイツが、木吉を求め続けていたのは知っていた。
けれど、俺は許さなかった。
アイツが木吉を求める事も、木吉がアイツを求める事も。
―俺は、独占欲が強いんだ。
「…愛してるよ、二人共」
でも、俺なしに愛するのは許さない。
呆然としている木吉の手を強く握り締めて、俺は笑った。

これが、俺の最期の反逆―。

Fin.