愛してるだとか愛されているだとか、そんな些末な事はどうでも良くて。
ただそこに、彼が居る―それだけでいい。

"rainy day"

今日も雨だ。
雨になると髪が整いにくくて調子が出ない、と不満げに呟いていたその口も今はだらしなく開いている。
晴れだろうと雨だろうと寝ているのには変わりないだろうに―。
規則正しく吐かれる寝息に古橋は溜め息を溢しながら、アイマスクで隠されたその瞳にそっと触れた。
「……古、橋?」
「…タイミング、悪過ぎだ」
いつもは何をしても身動ぐ事すらしないくせに、こういう時ばかり起きてしまう瀬戸が恨めしい。
瀬戸が持ち上げようとしたアイマスクを押さえ付けて少しばかりの悪戯をしてみるが効果はないようで、逆に抱きすくめられてしまった。
甘ったるいような爽やかなようなワックス特有の香りが古橋の鼻を擽り、瀬戸という存在をありありと感じさせられる。
「…今日は調子が上がらないんじゃなかったのか」
「んー…古橋相手は別、って奴だな」
「……何だそれは」
イミが分からないな、と嫌味に聞こえるように言ってみたが、瀬戸は気にも止めずに項へ顔を埋めた。
擽ったさが全身に込み上げるけれど、それが逆に心地好い。
いつからこんな関係になったのだろう、と記憶を掘り起こしてみてもなかなか思い当たらないという事はごく自然に今の形に落ち着いたという事なのだろう。
―不思議、だな。
お互いに愛を囁く事もしなければ、相手の存在に執着するでもなく、ただ傍に寄り添うだけの関係を世間では何と呼ぶのだろうか。
そんな曖昧な関係であるはずなのに不安を感じないのは信頼しているのか、それとも。
「……古橋?」
下を向いて考え込む様子に、瀬戸がそっと肩口に顔を乗せて顔を覗き込んでくる。
隠した所でこういう事に関しては聡い瀬戸はすぐに気付いてしまうだろう。
ポッカリと生まれた穴を埋めるようにポツリと古橋は呟いた。
「…俺達って、一体何なんだろうな」
改めて口に出すとより一層この関係が空虚なものに思えて、古橋は目を閉じる。
友人でも家族でもない、曖昧なライン。
そんな今にも消えてしまいそうなものに縋っていた事が、古橋は信じられなかった。
「…失敗だったな」
「……何が」
「古橋なら、分かってくれるって高をくくってた…そうだよな、何も言わないで分かれって方が無茶な話だ」
「何が言いたいのかさっぱり分からない」
腰に回された腕を引き剥がそうと掴んでみるが、瀬戸の力が緩まる事はなく、むしろ逆に強さを増していて古橋は動揺を隠せない。
こんなじゃれあうだけの触れ合いに何の意味があるのか。
―俺はもう、
「愛してるんだ、古橋」
緊張で掠れた声に愛しさだけが溢れて。
―俺は瀬戸を愛したかったのか。
「…お前なら、もう分かっててこうやって許してくれてるんだと思ってたんだよ」
「……今気付いた」
あまりにも近くに居るから気付けなかったのかもしれない。
それ程に瀬戸の存在が自らの中を占めていたのかと思うと気恥ずかしくて、頬が染まっていくのを感じた。
そんな古橋の様子に気付いたのか、瀬戸が指で頬を撫でる。
「俺らって意外に鈍感なのかもなー?」
「…かもな」
もしかしたら花宮辺りは気付いてたかもしれない、と付け足せば瀬戸はあぁ、と曖昧な返事をして溜め息を吐いた。
「あの悪童様の事だ、確実に遊ばれるな…」
困った、と口では言いながら楽しげな様子の瀬戸に、お前も十分性悪だと言ってやりたい気分になったが、ここは口を閉じておく事にする。
「…なぁ、瀬戸」
「ん」
話しかけてはみたものの、その後が続かずに結局瀬戸の腕を撫でるだけに終わってしまう。
「別に、変わんねぇよ」
「え?」
「告白したから…恋人になったからって、俺達は今まで通りだ」
心配すんな、と髪をクシャクシャと掻き回されて、古橋はそっと笑みを溢す。
―コイツにだけは敵わないな。
どんな不安も、瀬戸が全て消してくれる。
傍に寄り添って、それだけで安心を幸せを感じられる、そんな存在が愛しい。
「瀬戸」
「んー?」
「…愛してるんだ、お前の事を」
「俺もだよ、古橋」
ただ傍で笑い合って、時には喧嘩もして。
そんな当たり前で変わる事のない形が、俺達の―俺達だけの、かけがえのないものなんだ。

Fin.