※過去捏造有り


何もかもが窮屈で、自分がなぜこんな所にいるのか、分からなくなった。
―自由が欲しい。
そう心に強く願っては、叶わぬ夢なのだと惨めに地面を蹴る自分が酷くもどかしくて、俺はまた奥歯を噛み締めていた。

Don’t be afraid.

 学校をサボったのは、これが二回目だ。
一度目は何となく。
鞄を持つよりも先にバスケットボールを持ち出し、手持無沙汰にクルリクルリと回しては、狭く遠い空を見上げた。
―俺の居場所は日本(ここ)じゃない。
ゆっくりと流れゆく雲をボンヤリと眺めながら、どうして、と何度目かの問いを繰り返す。
あの頃感じていた土と草の香りも、広く雄大に包みこんでくれた青い空も、何もかもが遠い。
ハァ、と行き場の無い感情を吐き出すように溜息を吐いても虚しく地面に落ちていくだけで、それが更に俺の心を憂鬱にさせた。
―何もかもが窮屈過ぎる。
自由を許されない学校、息苦しさを感じる人々との関わり―そして何より、何物にも代える事が出来なかった程好きだったバスケに、楽しさを見出す事が出来ないでいる。
形だけの生活はただ火神を縛るだけの鎖でしかなかった。
早く、この窮屈でモノクロの世界から抜け出す事が出来たなら―。
「帰りてぇ、よ……」
「……僕もです」
「?!」
ポツンと呟いただけの独り言は、地面から突然湧き上がってきたかの様な少年に拾われ、火神は思わずその少年をマジマジと見つめてしまった。
「…君が、僕のブレザーに座っているので帰りたくても帰れません」
「…へ?」
独り言を聞いてしまった少年はバツが悪そうな表情を浮かべながら火神の足元を指し、つられて足元を見やると、そこには明らかに自分の物ではない白地の制服があった。
「わ、悪い…」
急いで火神は立ち上がり制服を渡すと、大丈夫です、と和やかに返され、一先ず一安心する。
―もしかして、コイツもサボってんのか…?
もう一度少年の方に目を向ければ、見慣れぬ制服と傍に置かれた校章付きの鞄。
そして何より、自分と同じ、何かを諦めた様な瞳。
どこか同じ香りを纏わせた少年は、君も同じなんですね、とふわりと微笑んだ。
「君も…学校、行けなかったんですね」
曖昧にこちらが頷く仕草を見せると、やはり、という表情を見せながら少年もまた黙り込み、前を向いた。
色素が薄く、目を離したらすぐにでも空気に溶けて消えてしまいそうな儚さを持つこの少年と、自分は似ても似つかない。
しかし、火神はこの少年にどこか通じるものを感じ取っていた。
―あぁ、コイツも、自由が欲しいんだ。
それ以降プツリと途切れてしまった会話が再開する事はなく、火神と少年はただ黙って隣に座り込み、留まることを知らない雲の流れを見ていた。
 「君とはまた、会える気がします」
どちらからともなく立ち上がり、それぞれの道に戻ろうとした時、少年はそう言って拳を前に突き出した。
「そーかも、しれねぇな」
また会える確証なんて一つも無かった。
けれど火神もなぜだかそんな本能にも似た予感を感じて、同じように拳を前に突き出した。
コツン、と無言で拳を突き合わせて、お互いに正反対の道へ歩き出す。
名前も聞かず、聞かれず、特にこれといって話をした訳でもないのに、どこかで繋がった様な気がした。
日本(ここ)は狭くて、窮屈だ。
逃げたくて、放り出したくなるような事ばかりで嫌になる。
けれど、どこかで自分はこの狭い世界の中で光を見つけたかったのかもしれない。
―似た匂いのする、アイツ。
もしもまた、あの少年と出会えたら、次こそはきっと名前で呼び合える気がする。
「……頑張って、みるか!」
まだ見ぬ未来が少しだけ、明るさを持って現れたようだった。

Fin.