「お前、またシェイクかよ」
「好きなんです、ここの」
いつの間にか見慣れてしまった風景とお決まりの台詞。
窓際二人席には大量のバーガーと僕のお気に入りのバニラシェイクが置かれ、今日もまたある日常の一つとなるはずだった。

“Love Sickness”

「火神くん、どうしたんですか」
「は?いきなり何なんだよ?」
訝しげな表情を浮かべる彼の手にはたった一つのバーガーとジュース。
人間観察が趣味の僕でなくても分かる、明らかな異変である。
僕が黙っているのを彼は不思議そうに横目で見やりながら、いつもの様にドカリと椅子に座った。
「お前、たまに意味分かんねぇ事言うよな」
一口ずつ咀嚼しながら肩を竦める様子は確かに僕の知っている彼で、僕は安堵に息を少し吐き出す。
「意味が分からないのは君です。変な物でも食べたんですか?」
「俺を何でも手に取るガキみてぇに言うなよ!」
「すみません。でも本当に今日の火神くんは変です」
「変…?!俺のどこが変だって言うんだよ!!」
「それは…、」
どこ、と聞かれた僕は思わず口ごもる。
いつもと明らかに違うと感じたのは確かだ。けれど、どこが違うと僕は言う事が出来るのだろうか?僕はまじまじと彼を見つめ、答えを探した。
バーガーの量?
いや、そんな表面的な事では無い気がする。
態度?
いや、彼は至っていつも通りだ。
口調?
いや、言葉の端々に優しさが出てきたとは思うが、相変わらずの口の悪さに変わりはない。
それならば、一体何が「いつもの火神くん」と違うというのだろう?
そもそも「いつも」とは、何を指した言葉なのか。
僕が違和感の正体に頭を抱えていると、彼はどうだ、と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべた。
―やはり、僕の勘違いだったのでしょうか…?
答えを見つけられなかった僕は、依然として残る違和感を隅に置いて、この話を早く切り上げようと改めて彼の前に向き直った。
「あ、」
あった、と言葉が口から零れ落ちると同時に、僕の意識は過去へと遡った。
 『目、先に逸らしたら負けてる気がしねぇ?』
常に視線を合わせようとする彼の行動に疑問を持った僕が尋ねた時、確かに彼はそう言っていた。
それがアメリカでの習慣だったのか、それとも彼自身の習慣であったのかは定かではないが、とにかく彼らしいな、と思った記憶がある。
それが今日に限って目が合うどころか、逆に彼の方が無意識に視線を外そうと必死になっているのである。
クシャクシャに丸められた包装紙と、何故か交り合うことのない視線。
―一体、どうしたって言うんです…?
僕は意を決して立ち上がると、彼の両頬を自らの手で包み込み、強制的に視線を合わせた。
「なっ…くろ、こ…?!」
バッチリ視線が合うように向けると、彼は酷く狼狽した様子で顔を強張らせた。
こんな表情だって、僕は知らない。
次々と見せる彼の新しい表情が僕を言い知れぬ不安に陥れる。
彼も、変わってしまうのだろうか?
そんな恐怖を拭い去りたくて、僕は思い切り彼の頬をつねった。
「いへっ…あにすんだよ…!!!はなへ、オイ!!!」
「嫌です。離したら、君はまたおかしくなるに決まってます」
もう、誰かが変わる所なんて見たくない。
僕の、知らない君が出来るなんて―。
「…火神、くん?」
混乱した僕の頭を宥めるように、彼がぎこちなさそうに頭を撫でる。
その顔は朱色に染まっていて、これも僕の知らない顔だった。けれど、心のどこかで安心しているのは何故だろう。
「お前の方が、おかしい…と思う…つか、俺も、どうしたんだ、マジで…」
今までは平気だったのに、とブツブツ呟く様子に僕は思わず噴き出した。
「何だか、おかしいですね、僕達」
「だから、言ってんだろ…変だって」
「さっきは認めなかったのはどちらですか?」
「うるせぇー…良いから手、早く離せよ、バカ」
拗ねたように唇を尖らす彼の様子に、トクリ、と何かが動き始め、僕の思考を鈍らせる。
何なんだろう、この気持ち。
温かくて、でもくすぐったくて、どこか幸せな響きのこの音。
もう一度その気持ちを確かめたくて、僕はジッと彼の瞳を覗き見る。
「…!!」
トクリ、ともう一度何かが、跳ねる。
「黒、子…?」
不思議そうに僕を見つめる彼の視線さえも気にならなくなり、僕の思考はたった一つの事実に集中する。

僕は、火神くんに恋をした―!!

「…火神くん」
「な、何だよ」
「ずっと、そのままでいてくださいね」
「……は?」
僕の発言に疑問の声を上げる彼を綺麗に無視し、僕は残りのバニラシェイクを飲み干した。
溶けてしまったシェイクが、口一杯に甘さを伝え、僕の思考までもをドロリとした甘さで塗り潰していく。
光の形が変われば影もまた変わる。
そんな僕らのちょっとした変化は、どんな形となってこれからを映し出していくのだろう。
未だ気付く事のない彼が、その感情に言葉を見つけた時、僕はどうやって受け入れようか。
「僕は、沢山食べる火神くんが一番だと思います」
「だから、何の話だよ!?」



(気付かぬ内に罹ったその病は、恋煩いという名の重病)


fin.