覚醒

私は、アンドロイドだ。
名は無い―訳ではない。
個体識別名、いわゆるコードネームとして『H-01』が私には与えられている。
私は、アンドロイドだ。
機械として生まれ、機械として死ぬ事が運命だ。

「(おや、やっと起きたみたいだね)」
思考停止直前に『聞いた』声が集音され、解析される。
この声は確か―アポロンメディア所属のメカニック、斎藤だ。
徐々にメモリの復旧が進み、当時の記録が引き出された。

『ちゃんと避けるからさ』

『虎徹さん!!』

『―負けたく、ない』

ああ、そうだ。
強制終了プログラムが作動するまで、私は任務を遂行していた。
―鏑木虎徹を抹殺せよ。
―ヒーローは全て名誉ある殉職として処理せよ。
任務完了を確認していないが、斎藤の表情やその他所作を見る限り失敗してしまったようだ。
それを示すように身体が意思通りに動かない。
おそらく最後の命令主であるマーベリックの生死も危ういに違いない。
改めて視界を巡らすとあちらこちらにコードや計測機器が置かれており、今までに膨大な量の解析が行われていた事が窺える。
「(君は今まで司法局に押収されていたんだ)」
私の脳波の変化に気付いたのか、斎藤が申し訳なさそうに付け足した。
申し訳なさそうに、というのもあくまで表情解析によるものなのだが。
司法局に押収されていた私がアポロンメディアに再び戻されているのは何故だ、と疑問が生じると同時にラボラトリーの扉が開いた。
「お、起きたのか!」
「ご苦労様です、斎藤さん」
鏑木T.虎徹―。
私のベースモデルであるヒーローであり、最優先処理対象者であった、鏑木虎徹。
「おいおい、コイツ凄い顔してるけど…大丈夫なんスよね、ホントに?」
「(四肢の運動機能も念の為シャットダウンしているし、何より戦闘用プログラムと以前までに組み込まれた指示命令は排除したから問題ない筈だ)」
「…ってことは、記憶に残ってる情報だけでコイツは今怒ってるのか!!へえー…」
表情?
怒って、いる?
鏑木虎徹の言葉が理解出来ない。
私には人間と同等の(もしくはそれ以上の)知能と身体的な行動パターンがプログラム内に組み込まれているが、表情や感情等といった戦闘に不必要な要素は排除されていた筈だ。
そんな姿の私を見て怒っている、等と表現する鏑木虎徹の真意が読み取れない。
「そういえば、彼に事情はもう話したんですか?……彼の様子を見る限り、まだのようですが」
事情、とは司法局での『事情聴取』や、現在アポロンメディアに私がいる事についてだろうか。
斎藤は私に向き直ると、愉快そうにキヒ、と呟いた。
「(君は生まれ変わったんだ……本来の目的の為に)」
生まれ変わる?
本来の目的?
理解の範疇を超える言葉の数々にCPUの解析が追い付かない。
「どういう、事だ」
はく、と『肺』が息を吸い込み、『声帯』が音を発して震えた。
鏑木虎徹のそれより僅かに低い音声が『耳』に伝わる。
これは?
「おー!やっと喋ったな!!ずっと黙り込んでるもんだから、てっきり喋れないのかと思ったぞ?」
「(四肢の運動機能の停止以外はほぼ人間と変わらないんだから喋れるに決まっているだろ、タイガー!私が必死にプログラミングしたものを甘く見ないで欲しいな)」
「ハハ、すんません」
あれが私の『声』?
以前もバーナビーとコンビを組む関係上、ある程度なら発声は可能であったが、あれはあくまでもオリジナルの音声を録音し、合成を施して再生していただけに過ぎない。
自らの声帯があるとはどういう事だ?
それに、斎藤達は人間と同等の機能を持つ『身体』を作り上げたとも言っていた。
俺は一体どうなってしまったのだろうか。
「…現状が把握出来ない。詳細情報を求める」
「ほら、困ってしまったようですよ?斎藤さん、今までのデータを彼に」
バーナビーに促されて斎藤が差し出してきた資料に目を通す。
覚醒直後の推測通り、首謀者であったマーベリックは殺害され、唯一の物的証拠である私(正確には私の中に保存されたデータ)は司法局に押収されていた。
「当初、司法局は情報解析を終えたあなたを処分する予定でした」
司法局の判断は適切だと考えられた。
私の中に組み込まれたデータは危険性を孕んだものばかりで、特に戦闘プログラムに関してはNEXT保持者に対しては勿論、軍隊も敵わない程のものを擁している。
その上、この型の複製はもう既に大量に制作済みであり、万が一流出でもしたとなれば今回の事件以上の混乱が予想される。
しかし、現状として私は司法局からアポロンメディアのラボラトリーに戻され、こうして起動されている。
何故なのだ、とこれらの予測し得る事項を述べた上でバーナビーに尋ねれば、彼は逡巡するように視線を彷徨わせてから口を開いてくれた。

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