居候

長い間、夢を見ていた気がする。
夢、といっても俺にとっては蓄積された情報を処理し。AIに反映させる為の時間でしかないのだが。
夢の中で、『彼ら』は笑って俺の事を呼んでいた。
「あなたは―なんだから」
「頼りにしているぞ、私達の―」
厳重なロックの隙間を掻い潜って見ているかのように、言葉は途切れがちに再生される。
俺は、何だ。
CPUが処理の終了を告げる音が脳内に響いた。

朝日がシュテルンビルトを鮮やかに照らしていく。
AM.5:30。
それが俺の起床時間だ。
グイ、と身体を起こしてシーツを捲る。
ベッドで寝た方が良い、と言ったのはバーナビーだ。
「人間らしい生活が、人格を形成するんです」
床で良い、と言った俺に断固として許さないといった風でバーナビーは続けた。
「あなたは僕達の『家族』になるんです。『家族』が床で寝るなんて有り得ないでしょう?今時、ペットでもありませんよ」
俺はアンドロイドだ。
人間に瓜二つの形(フォルム)だといっても、食事は出来ないし、睡眠を摂る事もない。
けれど、バーナビーや虎徹は『家族』として俺を受け入れたいと言った。
俺の理解の範疇を超えていて、未だに全ての意図を把握する事が出来ていない。
「分からなくても良いから、やるだけやってみて下さい」
そう言われた俺は理解も出来ないまま言われた通りに『人間らしい生活』を過ごしている。

バーナビーは早起きだ。7時には部屋から出てきて、髪のセットと笑顔の練習をしている。
バーナビー曰く、「笑顔を嫌でもすれば、今日が楽しく過ごせる気がする」だからだそうだ。
俺もそれに倣って何度か試してみたが、一度でも良い『笑顔』は作れていない。
俺はそんなバーナビーの為に朝食を用意する。
「朝飯はちゃんと食わなきゃダメだぞ!!」
以前、電話をかけてきた虎徹がバーナビーに朝食の大切さについて9分52秒もの時間を費やして話していた(会話の殆どは指示代名詞で成り立っていたが)ので、それ以来栄養バランスを考慮した朝食を用意している。
レシピと嗅覚だけを頼りに作っているせいか。バーナビーの好む味付けになっているか判断し兼ねる状況ではあるが、今の所注文を付けられた事は無いので良しとする。
「おはようございます、黒虎」
「おはよう、バーナビー」
瞼を擦りながら出てきたバーナビーに返事をする。
昨晩も平均就寝時間を大幅に過ぎていたから、寝不足による疲れが出ているに違いない。
俺は用意しておいた珈琲を注ぐのを止めて、ミルクティーを淹れ直した。
洗顔を終えて席に着いたバーナビーの向かい側に座る。
食卓で共に過ごす時間も『家族』には必要なのだそうだ。
「今日はトマトオムレツとコールスロー、それからパンは三日前に購入したベーカリーメーカーで作ってみた。デザートにはブルーベリーヨーグルトもある」
「毎日そんなに頑張らなくても良いんですよ?」
「俺の仕事はこれなのだから仕方が無い。量が多ければ今後、減らすが」
頑張っているつもりは欠片もないのだが、バーナビーがいつだって無理をするな、と言う。
しかし、仕事の無いアンドロイドというのもそもそもの存在理由が無くなってしまうので、これだけは続けたいと思う。
「…それにしても、案外あっさり適応しましたね」
ミルクティーに口を付けておや、と目を見張った後、バーナビーは微笑みを浮かべた。
「俺のAIは高スペックだと斎藤…さんが言っていたから、これくらいは当たり前だろう」
「いや、そういう意味じゃなくて…ほら、名前とか、結構初めは驚いていたじゃないですか」
名前。
虎徹がオリエンタルタウンへ戻る前に名付けてくれた。『黒虎』という名。
俺が再び起動した時にはもう虎徹は帰った後で、彼がどういった意図を持って名付けたのかは不明だ。
けれど、『H-01』とは違う、『名前』という存在に自分のアイデンティティーが確かに生まれた気がした。
「認識していない名で呼ばれるのに驚かない訳が無い。その点に関しては俺も順応したといっても良いのかもしれない」
「それには同意しますね…僕も虎徹さんに初めて『バニー』と呼ばれた時は驚きましたから」
慣れ切ってしまった今の自分が信じられないくらいですよ、と笑うバーナビーの瞳はどこか遠くを見つめている。
きっと、虎徹の事を想っているのだろう。
虎徹はバーナビーにとっての『心』みたいなものだと言っていた。
「彼がいなかったら、今の僕はあのままだったかもしれません」
マーベリックに操られた形だけのヒーロー。
僕の方がよっぽどアンドロイドみたいだ、と自嘲気味に語っていたのは5日前の夜だったか。あの日も虎徹の話をしていた。
復讐に囚われたバーナビーの心を溶かし、生きる喜びを教えてくれた存在。俺もまた、虎徹によって救われた『一人』といっても過言ではない。
虎徹は正真正銘のヒーローだった。
「ほんの少ししか一緒に過ごしていない筈なのに、僕の思い出全てのような気がするんです」
20年間の空白を埋めてくれた存在。それが今、隣にいない。
寂しい訳じゃないんです、と呟くその姿には困惑が見える。
「何て言えば良いのか、僕もよく分からないんですが…ただ……・最後まで僕を見ていて欲しかったな、なんて……はは、結局まだまだ子供なんですね、僕は」
言葉に出来ない深い感情。
ポッカリと空いたバーナビーの心は、俺の取り出せないあのメモリと似ている気がした。
「……・どうかしましたか、黒虎」
反応が見られなかったのだろう、バーナビーは不安げにこちらを見ている。
「いや、メモリの再生をしていただけだ。問題はない」
「黒虎も思い返したりすることがあるんですね……今日のチェックで斎藤さんが喜びそうだ」
「そうだな」
最後の一口を食べ終えたのを確認してから俺は立ち上がる。
今日の予定をピックアップして、最優先事項から並べていくのはもうルーティンとして取り込んだ。
今日は使用期間が始まって以来の点検だ。
AIの向上、筋肉稼働の円滑さが見られるようになれば良いと思う。
「何だか楽しそうですね、黒虎」
皿を食器洗浄機に入れ終えたバーナビーが笑う。
「バーナビーの方が楽しそうに見えるが?俺はこの試用期間の結果が知りたいだけだ」
「それが楽しみにしているって事ですよ」
あっさりと言いのけられて、俺は首を傾げる。
まだ喜怒哀楽をコントロールすることはできていないらしい。
後で斎藤に更なるバージョンアップを求めよう。
「ほら、今日も良い天気ですよ」
開け放たれた窓からそよ風が入り込み。髪を擽る。
虎徹だったら、この風をどんな風に感じるのだろうか。
「バーナビー」
知りたい、と思った。
「はい、何でしょう」
彼らの『想い』も『心』も吸収して、自分の『言葉』で吐き出したい。
―『私達の―』
知るべきだ、俺の『心』を。
「オリエンタルタウンに、虎徹の所へ、行きたい」

to be Next day...