想いの先

解析結果を表す数列が淡々と画面上に現れ、消えていく。
その数列を満足気に見る斎藤の様子から、黒虎は順調に『成長』しているに違いない。
「(それにしても驚いたね、もう黒虎が要望を言い出すなんて)」
「僕も驚きました。こんなに成長は早いものなんですか?」
バーナビーの問いかけに思案するように黙った斎藤は一枚の資料を取りだした。
「(これは私がAIのスペックから考えられる成長過程を仮定したものなんだけど、どの部分に関しても予想を上回る結果だ)」
資料に目を通しながら、バーナビーは思わず息を吐き出していた。
―これが、父さんと母さんの生みだしたものの力なんだ。
身体能力はもちろん、知識の吸収量も尋常ではないスピードで『人間』に近付いている。
まるで赤ん坊が一気に成人になってしまったようだ。
何より素晴らしい成長を見せたのが感情の起伏と自我の発達であった。
「信じられないな……黒虎が超人に見えてきました」
黒虎の思わぬ成長ぶりにバーナビーは興奮を隠しきれない。
斎藤も嬉しい裏切りに心なしか高揚としているようだ。
「(この成長スピードが何によって引き起こされたのかは分からないけど、確実にバーナビーとの生活が影響しているのは分かるよ)」
自分が黒虎の成長の一端を握っているのだと思うと一層喜びが溢れ出してくる。
今まではこんな些細な事に一喜一憂するなんてなかった。
―これも全て、あの人のおかげだな・
コードで繋がれ、再起動を待ちながら眠る黒虎に姿を重ねてバーナビーは微笑んだ。
「彼に、虎徹さんに会わせても良いでしょうか」
きっと黒虎の成長ぶりに驚き、そして喜ぶだろう。
けれど、心のどこかで会わせても良いのだろうかと考える自分がいる。
―いや、違うな。
バーナビー自身が、虎徹に会う事を戸惑っているのだ。
あれから数週間に一度のペースで電話がかかってくるから、話せないという事ではない。
ただ、会った瞬間に彼の優しさに甘えてしまいそうな自分がいる事を認めたくなかった。
一人では生きていけないと認めてしまうのが、怖かった。
「(会いに行くと良いよ、バーナビー)」
画面に視線を向けたまま、斎藤は続ける。
「(タイガーには、何かを変える力があると思うんだ。きっと、今度も良い方向に変えてくれる)」
「そう、ですね」
カタカタとキーボードを叩く音だけが部屋に響く。
―『虎徹の所へ行きたい』
あれは確かに黒虎の意思だった。そしてそれは同時に、バーナビーの想いでもあった。
―変われるだろうか。
弱い自分も、このアンドロイドの様に吸収して。吐き出せるだろうか。
「(さあ、アップデート終了だよ)」
斎藤の言葉と同時にコードが次々に取り外されていく。
ス、と開かれた双眸はこちらを見つめ、そして微笑んだ。
「おはよう」
その瞬間、バーナビーは破顔した。
―そうだ、僕達は『家族』じゃないか。
『家族』に戸惑いを感じるなんて馬鹿みたいだ。
「ありがとうございます、黒虎」
「?」
首を傾げる黒虎に、もう彼の姿が重なる事はなかった。
―会ったら、何を話そうか。
上手く話せるかは分からない。
けれど、今なら素直に言えるような気がしたのだ。
あなたと一緒にいたい、と―。