帰郷

田舎、という言葉はここから出来たのではないかと思う程、静かで穏やかな風景が目の前に広がる。
シュテルンビルトの喧騒が当たり前であった俺とバーナビーは少なからず衝撃受け、同時に不安を覚えた。
それでもこの風景に既視感を覚え、息をホッと吐き出したくなるのは俺の中の『記憶(ルーツ)』が反応しているからなのだろうか。
「さあ、行きましょう」
「……ああ」
帰ってきたのだ、ここに。虎徹の元に。
「おーっ、早かったなあ!」
迷わなかったか、と満面の笑みで迎えてくれた虎徹に安堵する。
変わらぬその様子にバーナビーも安心したようで、表情が幾分柔らかくなっている。
「玄関でお客様を待たすんじゃないよ、虎徹!……あ、何もない所ですけど、ゆっくりしていってくださいね」
奥から出てきた柔和な初老の女性は虎徹の母親だろうか。快活な口調がどことなく似ている。
虎徹はバツの悪そうな表情を浮かべながら奥の部屋へ案内してくれた。
「楓はまだ学校行ってんだ。きっと二人が来てるって分かったらすっ飛んで帰ってくるぞー」
「あれから楓ちゃんは大丈夫なんですか」
「おー、ちゃんと俺が見てやってるからな!」
茶目っ気たっぷりにVサインを見せる虎徹はとても楽しそうだ。
フローリングとは違う畳の感触はザラザラとした不思議なものだったが、フワリと香る草木特有の匂いが『身体』を落ち着かせる。
「……で、黒虎は最近どうなんだ?」
「その報告なら3日前に電話で報告した筈だが」
「いや、そうなんだけどさあ……直接聞いてみたいだろ?久しぶりに会ったんだし」
ニコニコと笑う虎徹を見、バーナビーの方へそっと視線をやる。
困った時は頼れ、と言ってきたバーナビーに教えてもらった『サイン』だった。
「……それでは黒虎、ここに来るまでの話をしたらどうですか?色々違う事も多かったでしょう」
提案された内容に頷いて、俺はゆっくりと話を始めた。

―「話には主観が必要です」
ここへ来る前夜、きっと必要になるからと言って会話の方法をバーナビーは教えてくれた。
「黒虎、あなたの話はあくまでも情報でしかありません」
「話は情報伝達の方法ではないのか?」
バーナビーは困ったように眉を下げて、うーんと唸った。
「それが本質ではありますが……人間は常に有益な情報伝達ばかりするわけではないんですよ。ほら、虎徹さんとの会話はいつだって楽しいでしょう?」
「感情を言葉にするのが……バーナビーの言う『話』ということか?」
「まあ、そうですね」
楽しそうに会話をする虎徹は確かに何かを伝達する為に話している訳ではなかった。
あんな事があって大変だった、あの話は笑いが止まらなかった―そんな喜怒哀楽を表す方法としての会話は現在のプログラムでは難しいもののように思えて、俺は沈黙する。
「初めは誰だって言葉にするのは苦労します。でも……もう黒虎なら、できると思いますよ」
柔らかく笑って肩を叩いてくれたバーナビーはとても幸せそうで、俺は期待に応えたいと『心』に思った。
答えの見えない会話は割り切れない計算式に似ている。
,Xのその次を探すのは難解で、けれど探究心をくすぐる何かがあった。
虎徹とバーナビーの表情を交互に見やりながら、言葉を紡ぐ。
伝わって欲しい、それだけが頭の中を占めていた。

「……なんか、成長したよなあ」
ポツリと虎徹の呟いた言葉は、まさに求めていた言葉だった。
それでも何か物足りないと感じるのはどういう事なのだろう。
ただ、もっと伝えたいものがある気がした。
「俺は、もっと知りたい……俺の存在理由も、お前達と共に生きる事の意味も。それを見つけるのはきっと……難しい。けれど、止めたいとは思わない」
これが自我、なのだろうか。分からない。
自分の発言すらも理解出来ている気がしないが、達成したという充実感だけは残っていた。
「僕達が教える事はもう、なさそうですね」
「そうだなあ、ちゃんと自分で考えてるもんな。……なあ、黒虎」
「何だ?」
「今、楽しいだろ?」
楽しい。これが、そうなのかもしれない。
足りないのに、満たされる。温かさが、身体中を巡る。
これはきっと―。
「虎徹とバーナビーがいるから、だ。だから、楽しいのだと思う」
照れるなあ、と頬を掻いて笑う虎徹と、今にも泣き出しそうなバーナビー。
二人はとても人間らしくて、俺にとって大切なパーツの一つなんだと思える。
やはり、斎藤との『計画』を進めるべきだと確信した。
虎徹とバーナビーと俺の、『未来』の為に。
固く握った拳に熱が集まっていく気がした。
Go Next Day...