親子

もしもお父さんが二人いたら、なんて考えた事もあった。
もしもお父さんが分身のNEXTを持ってて、一人は私が独り占めできるの。
でも、もしもはもしものままで。
お父さんは一人しかいなくて、私はいつも一人だった。

「えっ」
お父さんがオリエンタルタウンに帰って来てからもう半年くらい経った頃だった。
私はお父さんの言葉が信じられなくて、何回も瞬きを繰り返す。
「ホントだって!ほら、楓も『あの日』見たろ?黒いワイルドタイガー」
黒いワイルドタイガー。
そう言われて思い浮かんだのはあの日の光景。
次々と倒れていくヒーロー、そしてお父さん。
どうして今頃になってその話題が出てきたのかが不思議だった。
「お父さん達が、壊したんじゃなかったの……?」
「いやー、『ソイツ』じゃなくてさ……えーと、何て言ったら良いんだろうなあ」
うーん、と話題を振ってきたお父さん自身が悩み始めて、私はますます訳が分からなくなる。
―黒いワイルドタイガーが私達の町へやってくるってどういう事なの?
お父さんはいつだって前振りもなく何かを始めてはおばあちゃんや私を驚かす。
もう慣れっこだよ、って笑うおばあちゃんはさすがお父さんのお母さん、ってところなんだろう。
私はまだ、そんなお父さんについていけない。多分、この先もずっと。
「とにかく今夜バニーと話すから……その時、楓にも会わせるよ、な?」
何がとにかく、なのか分からなかったけれど、お父さんが本当に嬉しそうな顔をするもんだから思わず頷いてしまった。
大人って皆、こんなものなんだろうか。

『こんばんは、楓ちゃん。学校は楽しい?』
ニコリと笑うバーナビーさんはやっぱり、格好良かった。
月に何回か電話をするようになってから、バーナビーさんがとても近い存在になった気がする。
電話で話すバーナビーさんはTVで見ていたよりずっと普通で、少し不思議だったから。
だからもう、私の中のバーナビーさんはお父さんの大切な人で、私の友達だ。
「……それで、お父さんビックリして全部放り投げちゃって……」
『虎徹さんの驚く姿が目に浮かぶな……』
「しょうがねえだろ!!バニーだって絶対驚くって!!!」
クスクスと笑う私とバーナビーさん、そして少し不満気なお父さん。
この感じはまだ少し、くすぐったい。でも、これが当たり前になれば良いと思ってる。
だって、この瞬間がとても幸せだったから。
「そういえばさ……この前言ってたの、どうなった?斎藤さん、OKだって?」
『ああ、そうでした……それを話そうと思っていたのに。斎藤さんは是非行ってこい、との事でした』
「そっか、そりゃ良かった。楓にも見せてやりたくてさー」
今朝話してたんだよ、と笑うお父さんになぜか身体が強張った。
思い出されるのは『あの日』の記憶。
『黒虎、ちょっと』
バーナビーさんが画面から少し離れて、誰かに何かを伝えている。怖い。
空いている方の手で、お父さんの手をぎゅっと握った。
『……こんばんは、虎徹』
「よ、黒虎!久しぶりだなあー!!どうだ、最近?」
『久しぶり、と言う程間隔は開いていない。前回の通話は一週間と三日前だ。身体の調子なら問題はない。メンテナンスもアップデートも怠っていない』
お父さんが二人。
けれど、それは私の想像していた二人のお父さんではなかった。
笑わない『お父さん』は怖かった。
「相変わらずだなー、黒虎は!あ、そうだ。俺の娘紹介するよ、ほら、かえ……で?」
私は泣いていた。
理由も分からず、ただ泣いていた。
「楓?!どうした、何かあったか?黒虎、怖かったか?」
「……っ、わか、わかんない……何か、急に……っ」
怖かったのかもしれない。
似ていたんだ―夢の中のお父さんに。

『もう、楓の所には帰らないから』
お父さんは無表情でそう言うとガチャリと電話を切るのだ。
何度電話をかけてもお父さんは出てきてくれない。ただただツーツーと音が鳴るだけ。
そんな事をお父さんは絶対言わないって信じれば信じる程、夢の中のお父さんは冷たい顔をする。お父さんがずっと画面の向こう側から出て来てこないような感覚が怖かった。
私は―お父さんが帰ってこない事が一番怖かったのだ。

『……布団が、ふっとんだ』
「……え?」
『アルミ缶の上にあるみかん。カレーはかれー』
淡々とオヤジギャグを話す画面の向こう側の『お父さん』に、私は口をポッカリと開けた。
『ジョン、聞いてくれ。私のワイフが……すまない、まだこれは学習中だ』
ペコリと謝る仕草を見せる『お父さん』はやはり無表情のままで、全然違う。だけど、涙はもうこぼれなかった。
「……変なの」
『ギャグと言われる言葉は人を笑わせ、幸せにするのだと虎徹が言っていた』
―お父さん、また変な事教えてる。
ジッとお父さんを見れば、困ったように眉をへの字にさせて笑ってる。
「まさか、こんな所で役に立つとはなあ……黒虎、ありがとな」
『礼には及ばない。楓さんは虎徹の家族、なのだから……泣かせた原因を作ったと考えられる俺は怒られるべきだ』
すまない、ともう一度頭を下げる画面の中の『お父さん』に私は慌てて首を振った。
「違うの!おと……黒虎さんは悪くないの!!ちょっと驚いただけで……私こそ、ごめんなさい」
「いやいや。元はと言えば、ちゃんと説明しなかった俺が悪いんだ!!楓、黒虎……ゴメン!!」
三人で画面に向かって謝る姿はこれ以上ないくらい変な感じで、私は笑いを堪え切れずに吹きだした。
『笑った』
「笑ったな」
お父さんが笑って、それにつられたように画面の中の黒虎さんが微笑んだ。
フワリと笑った顔は、お父さんみたいな明るさとか、パワフルさみたいなものは全然感じられなかった。だけど、どこかホッとするような、温かな気持ちにさせてくれるのは同じだと思った。
「……黒虎さん」
『何だ?』
もしも、お父さんが二人いたら良いのにって時々思ってた。でも、現実はそんなに甘くないみたい。
もう一人の『お父さん』は不思議なアンドロイドさんだった。
―ううん、お父さんなんかじゃない。
私のお父さんは笑顔が素敵で少しおっちょこちょいな、正義のヒーローただ一人。
二人もいなくたって、お父さんは私の傍にずっといてくれる。
―気付かせてくれてありがとう、黒虎さん。
「黒虎さんがオリエンタルタウンに来たら……絶対一緒に遊んでくださいね!!」
『了解した……約束、する』
ゴツン、と画面に差し出された小指に私も小指を当てて、笑った。
「ゆびきりげんまん!!」
To be continued ep.3…