「笠松をキャプテンにする」
監督に突然そう告げられたのは確か、期末試験も終わった冬休み前。
「…よろしく」
視線を下に向けたまま深々と頭を下げたアイツが、とても小さく見えた。

"Because of you"

「集合ッ!!」
目の覚める様なハッキリとした声音が体育館に響き渡り、部員達は一様にボールを手放し、声の方へ向かう。
練習の終わりと今後の予定を2、3告げられると、緊張していた部員達の表情も和らいでいくのが分かる。
「「ありがとうございましたーッ!!」」
1つのまとまりが一個、二個と散り散りになっていく中、アイツ―笠松だけが険しい顔を崩す事なく立っていた。
「お疲れさん」
「おう、お疲れ」
汗で張り付いた前髪を掻き分けてボールをまた手にする笠松から、あの日のチリチリとした焦燥を感じずにはいられない。
責任感の強い笠松の事だ、やるからには最後まで弱音を吐かずに"主将"をやり遂げようとしているんだろう。
―でも、俺は見たんだ。
笠松が主将になったあの日、小さく肩を揺らして不安に押し潰されそうだったあの背中を。
俺のやれる事はもう、一つしかない。
「いつまでそうやってボーッと突っ立ってるつもりだ」
シュ、と軽やかに手から放たれたボールがゴールに吸い込まれていく。
言いたい事はただ一つであったのだが、いきなり口にするのも流石に気が引けて、こちらもボールを手に取り、ゴールへ向かって放る。
相変わらず、俺のフォームは滅茶苦茶だ。
「…そういえば、副キャプテン、決まってないんだって?」
二つ目のボールを取った所で、ゆっくりと話題を切り出す。
こういうのは女の子と話す時と同じで、タイミングが重要だ。
「監督が、ゆっくり考えれば良いって、言ってくれたから、な!」
ふーん、と気のない返事をしながらまたボールを放るが、バランスが悪く、弾かれる。
「じゃあ、まだあんまり決めてねぇんだ」
逸る気持ちを抑えて、ボールを掴み取る。
「…何が言いてぇんだよ、さっきから」
ニヤニヤしやがって、と指摘され、初めて自分が笑っている事に気付いた。
本当に俺という奴は自分に正直だ。
ス、と小さく息を吸ってボールから笠松に視線を移した。
「いや、俺とかどうかなーって思って」
「何が」
「副キャプテン」
「…本気か?」
ボールを投げる手を止め、こちらをジッと見つめる笠松に大きく頷いて、似合いそうだろ?なんておどけてみせる。
―俺に真面目な"プロポーズ"は似合わない。
高校に入学した日から、ずっと笠松を見てきた。
芯が強くて、少し頑固で、照れ屋な所も全部、愛しかった。
けれど今更笠松に気付いてもらおうなんて恥ずかし過ぎるし、そんなの求めてない。
俺は女タラシで、軽くて緩い感じのただのチームメイト。
でも、こんな時くらい、愛しい人の小さくなった背中を後ろからそっと支えてやっても良いだろ―?
「軽いんだよ、お前はいつも!…無理しやがって」
「え?」
小さく呟かれた言葉を聞き返す前にボールが投げつけられて、俺は慌てて片手を出した。
「俺の隣でヘラヘラしてたら、容赦なくシバくからな!!」
覚悟しとけ、なんて認められたも同然で、思わず笑みが零れたらまた怒られて。
―ちょっと、戻ったかな。
キリキリと今にも切れそうだった糸が緩んだ気がして、また俺は嬉しくなって。
「森山由孝、17歳!誠心誠意笠松キャプテンの元で女の子にモテるように頑張ります!」
「意味分かんねぇよ、バカ!」
俺の出来る事はほんの少しで、アイツにとっては何て事無いのかもしれないけど。
それでも隣で、アイツが笑っているのを見られたら良いと思うんだ―。

Fin.