貴方に言われたから

 ほんのちょっとした、思い付きだった。異国からやって来たという、後輩を少しだけからかってみよう、と思っただけだったのだ。どういった反応が出るのだろう、と少しだけ頭に過っただけだ。

それなのに。アイツは結構、気に入ってしまったらしい。

「福井センパーイ」

少しだけ異国訛りのある声で、俺を呼んでくるのはアイツしかいない。

「何だよ、劉」

「今度中華街行ってみたいアル!ヨコハマの、中華街って凄いらしいって紫原に聞いたんアルよ!!

律儀に俺の言った事を、しっかり聞いて実践しているコイツは馬鹿なのだろうか。それとも、分かっててやっているのだろうか。

細めの瞳には笑顔しか見られず、心情が掴み辛い。何となく、罪悪感じみたものを感じるが、彼が気に入っているのならそれで良いじゃないかと思う。

俺のせいじゃないし―そんな言葉で逃げている。

「ここ、秋田。横浜は関東の方。だから、行くのはムリ」

「がっかりアル……」

しょぼんと肩を下げてあからさまな顔でショックを受ける劉。WC(ウィンターカップ)の時とか、遠征の時に行けばいいだろ、と言えばパア、と顔を明るくさせてニコニコと瞳が弧を描く。

「福井センパイは行った事あるアルか?小龍包、美味しいアルか?」

あるあるあるある。

俺の頭の中はそんな言葉で満ちていく。

あるあるあるあるるるるるるる。

もう、訳が分からん、と俺はキッと劉を見つめた。

「?福井センパイ、元気ないアルか?顔が怖いアルよー」

お前のせいだろうか、と言いたくなる所を、そこは先輩の意地ってヤツで我慢する。つか、そもそもこれは俺のせいか。むしゃくしゃする。何でちょっとしたからかいに、自分が怒らなければならないのか。

「くそっ、お前のせーだ、バカ!

思わず、ポカリと劉の頭を殴る。へにゃ、と劉の顔が崩れる。

何考えてるんだか、ホント訳分かんねえ。お前の気持ちが、読めなくてイライラする。

「センパイ」

「あんだよ……?!」

ぎゅうと抱き締められて頭を撫でられる。本当に、意味が分からない!

「怒るの、良くないアル。イライラする時はこうするのが一番アルよ」

「はあ?!お前、俺の事ガキ扱いすんな!俺の方が先輩で、それで……!あ、アレ!中国人は年上の人を敬うんだろ?!なら、そーしろ!」

俺の言葉はいつも口からでまかせだ。適当に言って、適当に誤魔化す。いつだって、本気で喋るのは面倒臭いんだ。

「嫌アル」

ぎゅっと抱きしめられたまま、劉はハッキリと言葉を告げる。

「そのアルってのも止めろよ!分かってんだろ、それが嘘だって、俺がからかって言ってるのだって分かってんだろ……!!なら、止めろよ!」

「嫌アル」

頑固な奴め、と俺は抱き寄せられた腕を抓る。イテテ、と劉が後ろで呟く。

「いーかげんにしろ!バカ!あるある男!何が楽しくてやってんだよ!!俺がからかってるのをちょっと罪悪感とか思ってるのを楽しんでるんだろ!」

もうダメだ。言葉が止められない。意味の分からない感情が俺の中を渦巻いてグルグルグルと俺を飲み込んでいく。

「バカは心外アル。ちゃんと、センパイの言葉の意味も分かってる。でも、これを言ってるのは、貴方が言った事だから。我、嬉しかったのに」

嬉しい?俺のちょっとした気紛れが?からかって、俺はただ笑ってるだけなのに?

「我、センパイが笑う所好きアル。だから、試合も勝ちたいし、センパイの言う事聞きたい。我愛尓」

最後の方は中国語が混じってよく分からなかった。でも、言いたい事は分かった。

「センパイ?もう少し勉強したら、ちゃんと言うアル。だから、待ってて欲しいアル」

「バーーーーーーカ!!!!お前もう日本語勉強すんな!もう十分十分!!」

ヤバい、ヤバい、ヤバい。顔が、絶対赤くなってる。心音も、高鳴っているに違いない。くっついているから、絶対バレる。勘弁してくれ、俺はこういうのに耐性ないんだから。

顔を隠したくて、抱き締められた形のまま、顔を肩口に埋める様な事になる。いやいやいやいや!これは完全にコイツの術中に嵌ってる。どうしよう、どうすれば良いんだ!

もう頭から出てくる言葉は幼稚な罵声と呻き声くらいしか無い。そんなの、言葉でもなんでもない。ダメだ、もう完璧に終わった。

「センパイ、可愛いアル。その顔、見たい」

「やだ」

ありったけの抵抗をしてみるが、それすらもコイツの掌の中で慌てふためいているようにしか思えない。ああ、もう!

「センパイ、我、本気アル。センパイ、可愛いから、中国帰る時は、絶対連れて帰るアル」

「やだやだやだやだ!」

「駄々っ子、ダメヨ。ほら、こっち見るアル」

ブンブンと振った頭をがっちり掴まれて、こちらの顔が見られる。いやだ、もう穴が有ったら入りたい。もう何も考えられない。

「すき」

「……きらい!!」

大声で言い返してやる。どうだ、これが俺の本気だ。

「フフフ、そんな所が可愛いって、分からないアルか?センパイ、無防備アル。他の奴にはやらないヨ」

ニコリ、と微笑む劉の瞳が、こちらを射抜く。

うわあ、もう俺の頭はパンクした。

「センパイー、好きアル〜」

くるくるくるくるるるる。俺はもう、何も考えられない。

「お前のせい、だからな……っ!!!!」

「妻の担った物は一緒に背負うアル。一生かけて幸せにするアルよ」

ああ、もう。

俺は二度と軽い気持ちでからかったりする事なんてやめよう、と思うのであった。

Fin.