「お前の好きなようにすれば良いんだ」
先輩はニコリと笑って俺の持っていたニードルをスッと取り上げると、それを俺の耳に宛がった。
「ピアス禁止なんじゃねーの、ココ」
「穴を開けているヤツなんて、いくらでもいる」
そういう問題なのか、と言った所で先輩はまた言葉巧みにはぐらかしてしまいそうだったから、黙って穴が開けられるのを待つ。
「髪、黒くしたんだ」
「だって、ジジ臭ェじゃん」
オレだけ、くすんだ色なのが、嫌だったから。なら、全部真っ黒に塗りつぶせば、良いんだと思った。そうしたら、何もかも消せそうな気が、したから。
「……逆に色落ちた時に白髪っぽく見えそうだけどな」
「るせー。つか、開けるんなら早く開けろよ」
「はいはい」
チクリ、とした痛みの次にジンジンとした熱が、耳に集中する。でも、この痛みがあるから、これがオレなんだと思える気がして、声を殺した。
「……はい、終わり。両耳で4、なんて何となく良くない気がするけど」
「先輩だって、番号4じゃん」
それは関係ないだろ、と肩を竦めながら、先輩はそっと肩口に顔を預けてきた。
「……何」
「んー、おまじない、かなあ。これ以上、灰崎君が悪い子になりませんように、って」
「バッカみてえ」
そうだな、って肩口で少しだけ身体を揺らして笑う、先輩。
アンタの目は、本当にこっち向いてんのかよ。
向いてないくらい、知ってるけど、聞きたくなって、でも聞かなかった。
「先輩は一年で良かったなー?」
「……何が?」
「オレといんの。先輩はウィンターカップ終わったら、全部終わんじゃん。楽で良かったなあ?」
ケラケラ、と笑うと、また耳がジン、と痛くなった。
先輩は肩口に頭を載せながら、ああ、と吐き出すように声を出した。
「もう少し、見てるよ、俺は」
大学入っても、ココのOBなのは変わらないし、と続けた所で、先輩は顔をこちらに向けた。
「ムカつく?」
「何が」
「俺が」
「何で」
そう言い返した所で、先輩は少しだけ悩んだ顔をして、そうだな、とポツリと呟いた。
「俺がまた来たら、何先輩面して見に来てんだよ、とか言いそうだったから?」
「先輩じゃん」
「OBなのに?」
「年の差は埋まらねえし」
先輩、メチャクチャ先輩って顔してっから、多分どこで会ってもムカつく。そう言ってやったら、ハハ、と気の抜けた笑いを返された。
「灰崎は何でもムカつくんだな」
「何でもじゃねえよ、さすがのオレも」
「そう?」
「うん」
「ふうん。……じゃあ、俺はお前の唯一の『ムカつく先輩』とやらになった訳だ」
面白いな、と言う声はそれほど楽しそうに聞こえなかったけど、そこは敢えて無視した。どうせまた、何か違うコトを考えてるんだろうと思ったから。
「なあ、先輩さあ」
「うん?」
「オレがココ卒業したら、また開けてよ」
ほんの、気まぐれだ。三年、なんてあっという間に消えるから。あっけなく、それも無慈悲に。
「……次は、どこにするんだ」
だから、少しだけ驚いた。次、なんて夢のような言葉だと思ってたから。覚えてるワケねえじゃん、なんて思いながら、オレはペロリとジャージをめくった。
「ヘソ、ヘソが良い」
「また痛そうな所を言うんだなあ」
覚えててくれたら、またこの熱い痛みが来るんだ、と思ったら不覚にも泣きたくなった。

Fin.