ムッとした暑さがアスファルトから込み上げる。
春だというのに、季節は早くも夏に向かおうとしている、そんな日だ。
そんな中を俺達―正確に言うと始めから俺だけなのだが―は一向に先の見えない目的地に向かってペダルを漕いでいた。

"新たな道標"

「…なぁ、真ちゃーん、これホントに試合に間に合う訳?」
「勿論なのだよ。俺が人事を尽くしたのだから」
高尾が速度を落とさなければの話だが、と本日のラッキーアイテムである蛙の人形を弄びながら厳しい事を言う緑間は高尾の漕ぐ自転車に繋がったリヤカーの上である。
信号待ちの度に漕ぐのを変わろうとジャンケンをしているのに、未だに緑間は漕いでいない。
彼曰く、今日は蟹座が一位だから負ける事は無いのだと言うが、それにしても勝ち過ぎだ、と高尾は密かに思っていた。
―俺が弱いのかなぁ…。
「高尾、どこを見ているのだよ。次は右だ」
「…あ、おぉ」
余所見をしていた高尾に緑間の檄が飛び、高尾は慌ててハンドルを右に切った。
「…つーかさ、練習試合なのにそんなにマジになって行く必要無くねぇ?」
緩やかな坂を下りながら、先程から気になっていた事を聞いてみたが、出発前と変わらぬ表情でお前には関係ないのだよ、としか言わない。
そんな緑間をそれ以上追及するような事もしなかった高尾だが、それでも緑間の瞳の奥で光った強い光を見逃さなかった。
「俺も早く戦いてぇー」
「すぐに会える…何故なら、これが運命なのだから」
「運命、ねぇ…」
どこか嬉しそうな響きを持った緑間の声を背中に受けながら、これ程までに緑間を駆り立てたキセキの世代の姿を思い浮かべてみる。
―どれだけ『キセキ』なのか、見てやろうじゃん。
まだ見ぬ好敵手達と同じコートに立つ自分達を頭に浮かべながら、高尾はペダルを思い切り踏み込む。
 俺達の戦いは始まったばかり―。

to be continued...?