『ハッピーハッピーバースデー!!

ジワジワと汗が滲み出すこの季節。俺達は毎日の様に必死にバスケを練習中である。

もうすぐ夏休み、という事もあって気分がだらけがちになると考えたのだろう、監督が作ったメニューはいつも以上にハードだった。

「うはあ〜……もうムリ、絶対ムリ!」

「この程度で根を吐いてどうする。……まあ、確かに今日は厳しかったな」

ロッカールームで汗にまみれたTシャツを脱ぎ捨てて、タオルでガシガシと身体を拭く。こんなもんじゃモチロン汗は引くハズもなく、俺は制汗用のシートを一枚取った。

「あーーー、気持ちイイーーーー」

「思った事をすぐに口に出すな、高尾。バカの極みなのだよ」

「真ちゃんこそ、ズバズバオレに言ってんじゃんかあ……あ、真ちゃんもこれ要る?」

フイ、と横を向かれて、オレはあれれ?と首を傾げる。いつもなら、「別に必要ないが、もらってやっても良いのだよ」なんてテンプレなツンデレが返って来るハズなのに。しょうがない、ここはオレがキレイに拭いてあげるとするか!

「な、何なのだよ!いきなり触って来るな、このバカめ!!」

「はいはい、真ちゃんだって汗かいたでしょ?気持ちイイよ〜」

首筋に張り付いた襟足が、その証拠だ。オレはそっと髪を持ち上げて、キレイに汗を拭う。

やっぱり気持ちが良いのか、真ちゃんの顔が心なしか穏やかになっている気がした。

「…………昔、青峰に制汗用だと言われてとんでもない物をもらった事がある」

あー。それが今日の無視に繋がったワケか。オレはふうん、と相槌を打ちながら、シートを手渡す。

「これは平気!だから顔とかも……あ、顔は良くないか。腕とか足とか拭いときなよ」

「お前に言われるまでもない」

あ、普通の真ちゃんだ。少しだけホッとしている自分がいる。

時々、真ちゃんはどこか遠い所を見ている様な気がするのだ。俺やこの学校も超えた、別の世界を見ているような、そんな瞬間が。

そういう時は、早く真ちゃんが帰ってきますよーに、なんて柄にもなくカミサマってヤツにお願いしてしまうのだ。

「あ」

「?どうしたのだよ」

「いやあ、そういやさー、いつも通ってる商店街の所、七夕飾りがされてるなあって思い出して」

「相変わらず脈絡のないヤツだな」

「帰りに書いてこーか!短冊!!」

「却下」

素早い否定にオレはショックを受けて頭を下げる。また、真ちゃんのツボに入ってしまったらしい。真ちゃんは繊細過ぎるから時々、どうしたら良いのか分からなくなる。オレとしては物凄く優しく、綿を触る様な感じで触れ合っているつもりなんだけど。

制服を着て、さっさとロッカールームから出て行く真ちゃんを追う。このまま機嫌が悪いまま明日までさようなら、なんてカンベンして欲しい。

「真ちゃん!」

スタスタと先を行く真ちゃんに追いつく為に、俺は廊下を駆ける。さっきのシート、意味ないじゃん。

「……真ちゃん?おーい、緑間さーん?」

ようやく隣に並んだものの、返事の無い真ちゃんに、俺は身振り手振りでこちらに興味を惹かせようと必死だ。何だかオレ、結構献身的だよね。

「…………同じ日だから」

「ん?」

「俺が生まれたのも、七夕と同じなのだよ」

「マジ?!つか、何でそんな大事な事言ってくれなかったワケ?!」

「お前が聞かないからだろう。俺はお前に聞かれなければ答えん」

ムチャクチャだなあ、と思いつつも何となく、最初に言ってた方の言葉の裏が読めた。

よく、誕生日が祝日に当たっちゃったヤツとかが、言う事と同じだ。二重に嬉しい事が起こるハズなのに、結局誤魔化されてプレゼントが一つになっちゃうっていうアレ。

真ちゃんも多分、そんな思いをずっとしてきたんではないだろうか。ふむふむ、とオレが頷きながら思考を巡らせていると、頭に手が降ってくる。

ゴツン。

「痛っ……!何だよー真ちゃん」

「お前は余計な事を思い付きそうだったから、事前にそれを防いだだけなのだよ」

「いや、オレ、昔流行ったゲームの技の忘れ方みたいなのじゃないから!叩かれたからって忘れたりしないからね?」

「忘れろ」

誕生日を知られたのが余程嫌だったらしい。真ちゃんはあからさまに機嫌の悪そうな顔をこちらに向けてきた。

「はいはい、忘れますよー」

まあ、こう言っておけば幾分機嫌は軟化するので言葉にしておく。

でも、オレの頭の中は真ちゃんの事で一杯だった。誕生日なら何か特別なプレゼントとかあげたいよなーとか、誕生日ならチューくらいしても許してくれるかなーとか。

そもそも、真ちゃんの誕生日が七夕と一緒だなんて、何だか神秘的な感じがする。だって、真ちゃんおは朝占い信者だし。やっぱり、生まれた日とかもそーいうのに関係するのかな。

「帰るぞ、高尾」

当たり前の様にリアカーに座っている真ちゃんに、オレはそっと溜息を吐きつつも自転車に跨る。もうコレはオレ達の中ではピタッとハマった関係だから。これが急になくなったら、何かもう変な感じになると思う。

オレは自転車を漕ぎながら、どうしたものかと考える。真ちゃんは、自分の誕生日があまり好きではないみたいだ。でも祝われるのは嬉しいハズだ、多分。

うーん、とオレが頭を捻らせていると、先程言っていた商店街に辿り着く。そこかしこに七夕飾りがされており、中央の一番大きい笹の所には、誰もが自由に短冊を書けるようなスペースもある。

「ね、アレ書いてかない?何かご利益あるかもよ〜」

真ちゃんは、ご利益とか縁担ぎとかの言葉に弱いのはもう調査済みだ。

しょうがないな、といった体で真ちゃんはリアカーを止めるように指示をくれる。やっぱり、オレの考えはアタリだ。

オレはリアカーを適当な所へ止めて、真ちゃんが降りるのを待って歩き出す。何か、その方がお姫様を守る騎士みたいだろ?

「何書こうかなー」

「決まってるだろう」

真ちゃんは多分、ウィンターカップ優勝、と書くんだろう。真面目な所が、また良いんだよな。

オレもそう書こうかと一瞬思ったが、ここはやっぱりコレしかない、と思ってマジックで大きく短冊に書いた。

「じゃじゃーん!どう?幸せになりそうだろ?」

「バカめ。こういうのはこっそり掛けておくから効果があるのだよ」

「マジ?ま、幸せになって欲しい本人が見たんだからオッケーじゃね?」

「……フン、精々、楽しみに待っておく事にしよう」

「任せとけって!」

スタスタと先にリアカーに戻る真ちゃんを横目に、オレは短冊を笹に掛けて、手を合わせてお願いする。真ちゃんに方法がメチャクチャだとか言われそうだけど、お願いしてるんだから、ちゃんと聞いてよね、カミサマ?

『真ちゃんが幸せな誕生日を迎えられますように!!』

「早くするのだよ、高尾」

「はいはーい、今すぐ出発しまーす」

オレは自転車のペダルを思い切り踏み込んで走り始める。

願うだけじゃダメだよな。この願いが叶うには、オレが朝一番に言ってやろう、「誕生日おめでとう」って。そんでもって、大きいクマの人形でも渡してみよう。

きっと、真ちゃんは凄く凄く不愉快そうな顔をするのが今から目に浮かぶけど、それでもその日は真ちゃんの誕生日なんだって、思い知らせてやれば、きっと喜んでくれる。

「変な歌を歌うな、高尾」

「いや〜、良い日だね、今日も!」

「訳が分からないのだよ」

真ちゃんの誕生日、知れて良かったよ。オレがこれからはずっと祝ってあげるからね。

オレは機嫌の良さに合わせて、ペダルを強く踏み込んだ。

どうか、幸せな日を迎えられますように!

Fin.