「僕と先輩じゃあ、生きてる世界が違いますよ」
小馬鹿にしたような口調であるのに、赤司が言うともっともらしく聞こえるのが余計に腹立たしくて、俺は思いきり机に足を乗せた。
「あぁ、ほら…そういう所ですよ、弱者は権威を振りかざすのが好きで困りますね?」
嘲笑を浮かべながら、やれやれと肩を竦める様子に沸々と殺意を感じつつも必死にそれを押し込める俺は実に滑稽だ。
「どうして、先輩は負けと分かっていながら僕に立ち向かってくるんですか」
決まり文句となった質問に俺は何も答えずに、天井を見上げた。
あぁ、馬鹿らしい。
平行世界はいつまでたっても平行のままなのに。

"平行世界、交わる"

赤司は宇宙人なのではないかと思った。
笑う事なかれ。
俺はそれ程までに次元の違いというものを見せつけられたのだ。
目から鱗の戦術から鮮やかなプレイスタイルまで―どれもが俺のやっているバスケと同じだとは思えなかった。
そんな超人的な赤司の中で特に異彩を放っているのが、この性格だ。
「僕が負けるなんて天地が引っくり返っても有り得ません」
最初は比喩か何かの類いだと思っていたが、それが事実であると知った瞬間、俺の中には言い様のない不快感と怒りが沸き起こった。
勝利への揺るぎない自信、勝ち負けが全ての価値観、そして何より全てを知り尽くしているような傲慢さが許せなかった。
―俺が絶対ぶっ潰してやる…!!
そうして、俺と赤司の戦いは始まった。
「……今日が、丁度100戦目。先輩はもちろん、一勝も出来なかった」
「うるせぇよ、俺が死ぬまでにぜってー勝つ」
ジャンケンから殴り合いまがいのボクシングまで何だってやった。
それなのに、赤司が『苦手』だと言ったTVゲームですら勝てなかったのだ。
「先輩も諦め悪いですね…100回中1回も勝てなかったんですから、単純に考えても確率は0ですよ」
「…っ、でも、次やったら勝つかもしれねぇじゃねぇか!!」
「無理です、0は0のままに決まってる」
バッサリと切り捨てられ、俺は押し黙る。
心のどこかで、こうなる事を理解していたのかもしれない。
全ての人は平行世界に生きている―つまり、誰もが違う世界に存在する他人を理解する事など不可能なのだと。
「…それでも、」
気付いた時には言葉が次いで出た。
「俺がお前をぶっ潰したいって気持ちに変わりはねぇんだよ…!!」
「…へぇ」
口角をわざとらしく上げて笑う赤司に、俺は息がかかるくらい近付いて、笑ってみせる。
「お前が例え魔王であろうと宇宙人であろうと、お前は今目の前にいるんだよ」
能力が抜きん出いようが、赤司は赤司で、俺は俺として同じ『世界』に立っているのだ。
「ぜってー、お前に分からせてやるよ…勝ちよりも大事なもんを」
「…楽しみにしておきますよ」
呆れた表情の赤司に、とりあえず頭突きを噛ましておく。
難なくそれを躱す赤司に舌打ちを打って、俺は机に置いてあった鞄を取って廊下へ向かって歩き出す。
勝負は一日一回のルールであったし、宣戦布告も出来たので今日はもう用はない。
「先輩は―」
囁くような声の呟きに、俺は思わず振り返るが、赤司は先程と変わらない小馬鹿にした表情のままで、俺は赤司を置いて教室を出た。

「先輩はまだまだ甘いな……早く、僕を倒してよ」
射抜くような視線に、目が離せなかった。
今にも喉元を食い破ろうと虎視眈々と狙う口元も、掴み倒しかねない程の腕力も赤司を悦ばせた。
彼に余す事なく食べられたらどんなに愉しいだろう―そう思わずにはいられなかった。
「ふふっ…あはは!!」
身体中に火が付いたような熱。
ここまでの激情を赤司は与えられた事も、感じる事もなかった。
「…早くしないと、僕が食べに行くかもね?」

平行世界―それは交わる事なく、複雑に絡み合う。

To be continued...?