「あなたは…僕の両親の唯一の遺産(プレゼント)だったからです」
その言葉に、CPUが一つのメモリを再生させる。
ブルックス博士。
私の母体を形作った最初の人間。
優しく笑う彼らが最後に言った言葉は何だっただろうか。
映像媒体だけが意味もなく再生され、消えていく。
「(バーナビーは、両親の研究を負の遺産で終わらせたくなかったんだ…私も君みたいな優秀なプログラムをスクラップするのは許せなかったしね)」
だから少々手を貸したんだ、と斎藤は肩を竦めながら次の資料を差し出してきた。
生活支援人型アンドロイドの特性と安全性について、と題されたそれが、どうやら現在の私のメインプログラムであるらしい。
その資料に因れば、以前のバージョンでは必要とされなかった『人間らしさ』が大幅に追加され、その代償として戦闘時に優位であったブレードやワイヤー等の武器の類は勿論、人間への一切の暴力行為が禁止されていた。
「(ここまでのモデルを実現させる為に何度も司法局と対立したよ…)」
「加害者を被害者と同じにしよう、なんて無謀過ぎましたからね」
次に捲られたページには現在の型の設計図が詳細に描かれており、それはまさしくオリジナルである鏑木虎徹そのものであった。
どうやらこの人体モデルが今回の大きな障壁となったらしい―当然と言えば当然なのではあるが。
「でもここだけは譲れねえもんなあ…俺と一緒の声で違う顔っつーのも気味悪いし。ホント、助かりましたー斎藤さん」
斎藤を労う鏑木虎徹に今一度視線を向け、資料にまた戻る。
ここに描かれた私との違いといえば、紅色の瞳と僅かながら褐色の肌くらいであろうか。
いかにも『人の好さそうな』姿にリモデリングされてしまった私は違和感を覚える。
残されたままの戦闘型アンドロイドであった当時の『記憶』と使用制限されているとはいえ、確かに存在する破壊プログラム。
これらの要素は現在のプログラムには不必要なものであって、何よりこの『身体』に不釣り合いだと感じた。
「何故、メモリもプログラムも既存のまま残している」
「そりゃ、お前がお前じゃなくなるからに決まってるだろ?」
さも当たり前のように口を開いたのは、最も非難すべき立場である筈の鏑木虎徹。
安心しろ、と満面の笑みを浮かべて私の頭部を撫でる様子には微塵も不快感が表れていない。
「お前はこれから色んな事を覚えて、沢山感じて…そんでもって、俺達の『家族』になるんだよ」
家族、という言葉はアンドロイドの私とは適合しない。
何を言っているのだ、と口を開けば鏑木虎徹は頭部から手を離し、真剣な瞳を向けてきた。
「私はお前達にとって敵対すべき対象であった筈だ。それが『家族』等という最も親密な人間関係に組み込まれる事は間違っている。訂正すべきだ」
「間違っていませんよ。あなたは僕の両親が作り出したものだ。それを『家族』と言って何が悪いんですか?」
不満だ、とばかりに反論を口にするバーナビーの言葉も理解出来ない。
何が彼らと私の間に存在するというのか。
「ブルックス夫妻の遺産として『H-01』という研究結果を保存したいと言うのなら、理解できる」
「そういう意味じゃないんだって」
「なら、何だと言うのだ?…私にはお前達の言う『家族』がどういう意図を持って使用された言葉なのか、解らない」
理解不能。
アンドロイドとして生まれた私が無知である筈が無いというのに。
私が『普通』だと考えている事は彼らにとっては『変』なのだと言う。
理解、出来ない。
解析不能に陥り処理能力の落ち始めたCPUを一度安定させるべく、身体機能を抑えて視界を閉ざす。
すると、『頬』が二つの熱を感知した。
「まあ、いきなり分かれってのも無理な話だよな…何てったってお前は生まれたばっかりなんだからさ」
「そうです、これから学んでいけば良いんですよ…僕達と、ゆっくり」
「(私も手伝うよ)」
理解を超えた、『おかしな』三人だ。
処理に負担をかけている『思考』をシャットダウンしながら、表情筋が弛緩していくのを感じた。
タイガー&バーナビー、そして斎藤。
再起動したらこの話の続きを必ずしよう。
次はちゃんと理解出来るようになって。
そうメモリにセーブして、私は再び『眠り』についた。
Go next day...