虎徹達はまだ帰ってはいないようだった。
童謡のようなものを口ずさむH‐02をよそに、俺は黙り込んだまま頭を抱えている。
初めて貰った『プレゼント』はなかなかにハードルが高かった。
名前を思い浮かべては意味の無い言葉の羅列のように思えて掻き消す。
あっさりと俺を名付けたという虎徹は本当に凄いと思う。これが人間の『柔軟さ』といった所なのだろうか。
さらに詳しくH‐02を徹底的に分析してみるが、思い付く名はなかなか自分の『気に入る』ものにならず、思わずソファに身体を沈めた。
「黒虎さん、そんなに無理するのは良くないのですよ」
「……分かってはいる、が……このままだと不便だ」
それに、と俺は1人心中で続ける。
虎徹達が帰って来た時に、自慢してみたかったのだ。
そして、驚く2人に「凄いな」と褒めて貰いたかった。
幼稚な思考であると思わないでもなかったが。そこは『1歳』という事で許してもらおう。とにかく、俺は早く決めたかったのだ。
「黒虎さんは真面目なのです、えらいのです!!」
ふわふわと金髪がH‐02の動きに合わせて揺れる。
H‐02はアンドロイド特有の固さが無く、本当に柔らかい。味覚で言ったらきっと『甘い』に違いない。甘ったるくて、蕩けるような幸せを与える、そんなアンドロイド。
「…………ハニー……」
呟いた言葉はどこか懐かしさを感じさせるような、そんな安定感を持って落ちていく。ぴったりだ、と思った。
俺は前に座るH‐02をしっかりと視界に入れ、ゆっくりと息を吸う。
「お前の名は『ハニー』が良いと思う」
「『ハニー』?」
「ああ」
キラキラとネオンピンクの瞳がこちらを見つめ、言葉を噛み締めるように小さく口を動かす。
「……良い、名前なのです!!僕はこれからハニーなのです!」
しばしの沈黙の後、H‐02―改め、ハニーは大きく頷いて笑った。
俺はくるくるとはしゃぎ回るハニーを宥めつつも安堵の息を吐く。
「これからよろしく頼む、ハニー」
「はい!お願いするのです、黒虎さんっ」
ぎゅう、としがみついてきたハニーからは本当に甘い香りがしてくるような気がしてそっと顔を寄せてみるが、やはり俺の嗅覚センサーは働かない。
随分と『人間らしく』なった自分の感覚に、むず痒さを覚えてしまう。
虎徹達のような感情豊かな『人間』に近付くのはAIの成長という意味においては望ましい事だ。けれど、どこかで本来のアンドロイドとしての自分が消えてしまいそうな漠然とした不安を感じてしまうのも事実だ。
もし、この『人間らしさ』が思考鈍らせ、適切な行動を妨げてしまったら?
もし、虎徹達の危機に『恐怖』を感じて動く事が出来なかったら?
「黒虎さん……?」
「…………お前は、人間に近付くのは怖いと思わないのか?」
思わず口に出てしまった言葉に、ハニーは戸惑う事もなく首を横に振った。
「人間らしくなるのは楽しい事なのです!皆ともっと仲良くなるには大事な事です!!」
ハニーらしい考えだ。しかし、それはAIの成長を望むアンドロイドなら当然の言葉だ。
苦笑を浮かべたままの俺とは対照的に、ハニーは幸せそうに微笑みながらそれに、と続けた。
「それに。もし僕が本当の『人間』になったとしても、僕は僕のままなのです」
だから怖くないのです、とはっきり言いのけたハニーの瞳は強く煌めいていて、思わず本当にアンドロイドなのかどうか確かめたくなる。
「……俺は、馬鹿だな」
こんな簡単な事を忘れてしまうなんて。
俺が人間だろうとアンドロイドだろうと関係はなかったのだ。
俺が『俺』であるから、今ここにいる。
「すまなかった、ハニー。いきなりこんな話をして」
気付かせてくれてありがとう、と礼を付け足すと、ハニーは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。こういう所はまだまだ未熟な部分も多いようだ。
俺は礼の意味も含めて、虎徹が俺によくしてくる様にハニーの髪をクシャリと撫でてから、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ虎徹達も帰ってくるだろう。夕食の準備をしよう」
「はい!!」
「ただいまあー!!」
「ただいま帰りました」
ドアが開く音と共に2人の声が聞こえてくる。
「おかえり、虎徹、バーナビー」
見せたいものがあるんだ、と俺が口を開く前に、虎徹がニカッと笑って綺麗に包装がされた箱を渡してきた。
「これは……?」
「俺とバニーからのプレゼント!!ハッピーバースデイ、黒虎」
「斎藤さんからも頂いたでしょう?驚きましたか?」
「……!!」
どうやら2人はもうハニーの事を知っていたようだ。俺が瞬きを幾度か繰り返して2人を見やれば、してやったりと2人が笑った。
「サプライズプレゼントほど、嬉しいものはないですからね。僕からも……ハッピーバースデイ、黒虎」
「2人、とも…………」
思わず言葉に詰まる。ありがとう、と言った俺の言葉はかすれていた。
虎徹がクシャリと俺の頭を撫で、笑う。
バーナビーが涙を浮かべながら、笑う。
この世に俺のようなアンドロイドが他にもいるなら、俺はその中でも最も幸せなアンドロイドであるに違いない。
虎徹とバーナビー、そして斎藤とハニー。
共に生きる事。
時には言い合いをして、それでも最後には笑い合える存在。
カチリ、とキーの外れる音が脳内に響く。
『あなたは私達の大事な家族になるのよ』
『お前を頼りにしているからな。何てったって、我が家の大事な息子の一人なんだからな』
ブルックス博士、俺は―見つけられました。
「虎徹、バーナビー。その『プレゼント』に名前を付けたんだ」
「おおっ」
「さすがです」
俺は、生まれ変わった。そして、これからも成長していくのだろう。
それが、俺のアンドロイドとしての機能を衰えさせるのか、それとも逆に力になっていくのか、まだそれは分からない。
けれど、とりあえず今はその考えは置いておこう。
今夜は楽しいディナーを囲む日なのだから。
「ありがとう、虎徹、バーナビー」
もう一度2人に笑いかけ、ハニーの待つリビングへ向かった。
ハッピー、マイバースデイ。
Fin…
再誕