無慈悲な生命の管理人であるべきだ―古橋はそう言われ続けて『生きて』きた。
瀕死の者には安らかな眠りを、生まれ行く者には穏やかな目覚めを与える、この永遠にも近い行為は最早息をする事と同じだった。
だから、それを妨害する悪魔は断罪されて然るべきの存在だと信じて疑わなかった。
―それなのに。
悪魔は―花宮は、生きる事に精一杯だった。
生きる為に人を喰らい、死を恐れて抗おうとした。
同じこの世の狭間を『生きる』者であるのに、こんなにも違った。
もっと、知りたい。
余す事なく、花宮の全てを手に入れたい。
それが、古橋の初めて抱いた『感情』であった。
「……で、これからどうするんだよ」
黙り込んでしまった古橋を少しの間見ていた花宮だったが、沈黙にも飽きて口を開いた。
喰らっても構わない、とは言われたものの、今の花宮は十分に精気を吸っている。
そもそも、短期間にここまで捕食する事自体が異例だったのだ。
―人間が、外に出るなんて言うからだ。
あれは3ヶ月前の上弦の月が妖しく煌めく夜の事だった。
一人森に迷い込んできた女が、花宮を前にしても微笑みを浮かべたまま、こう告げてきたのだ。
我々は解放されるのだ、と。
それは明らかに生け贄の終わりを告げるもので、花宮はその女を泣き叫ぶまでいたぶり続けた。
事切れる直前まで狂った様に笑んでいた女が憎く、そして恐ろしかった。
―オレはもう、生きれないのか。
久遠だと信じていた自らの命が朽ち果てていく、未知の恐怖に慄いた。
それと同時に、畏敬の存在だとされていた自分が人間によって生かされていたという事実がとてつもなく屈辱的だった。
―人間に、再び恐怖を。
己が命の為に、己が誇りの為に。
「俺を人間だと思えば良いんだ」
「……」
「俺は花宮の全てを受け入れたい…憎しみも、何もかも」
俺は死なないから、と平然と言ってみせる古橋が分からなかった。
どうしてこうも簡単に他人の為に自らの身体を投げ出せるのか。
「馬鹿だろ、お前…」
「何とでも言えば良い…俺は、花宮の全てが欲しいんだ」
不思議な奴だ。
けれど、この真っ直ぐ過ぎる愛情が擽ったくも心地好い。
花宮は口角をわざとらしく上げて、不敵に笑った。
「オレも殺されんのは御免だからな…お前を食糧にしてやるよ」
「お手柔らかに」
初めて、古橋の瞳がフワリと和らいだ気がした。
人を喰らう夢魔と人を管理する死神―相容れぬ存在であった2つは数奇な運命によって重なり合った。
しかし、彼らは気付かない。
もう一つの異能の存在がこの館に近付いている事を―。
To be continued...