異変に気付いたのは、数夜前だ。
不可解な紋様によって消された幾人もの人間の名。
それは予期せぬ死であったという事の証拠であり、それはあってはならない事でもあった。
「……悪魔」
考えられる唯一の可能性を口に出して、古橋は悍ましさに口許を歪めた。
「神の秩序を乱すものには断罪…だな」
漆黒の瞳はそこに書かれた集落の名を無慈悲に見つめた。

「…で、瀬戸は調べてどーすんの」
「ん、あー…どうすっかなぁ…」
「まだ決めてなかたったのかよ!?さっさと…むぐっ」
今にも噛み付いてきそうな山崎の頭を押さえ付けて原は楽しげに口角を上げた。
「…いっそのこと、俺達で潰しちゃう?」
「それは駄目だ」
「ちぇー…アイツらを殺れる良い機会だったのに」
肩を竦めながらも、見え隠れする原の瞳が燃えるように煌めいていて、瀬戸は眉を顰める。
原や山崎が霧崎の者に憎悪を抱いているのは理解しているし、それをわざわざ宥めようとは思わない。
しかし、彼らの存在は瀬戸達に少なからず恩恵を与えているのも事実である。
バランスが、重要なのだ。
それともう一つ、瀬戸にはある仮定が閃いていた。
「…多分、『奴』にとっても俺達が何かしらの行動を起こすのは望んでないような気がする」
「は?どーいう事」
キョトンとした表情を見せる二人に一枚の絵を差し出す。
「…文献漁ってて見付けたんだけど、此処の辺りには昔から夢魔が住んでいるらしい」
「ムマ?何だよそれ、俺はそんなもん見た事ねぇぞ」
「ザキは食いもんの名前しか覚えないじゃん」
「…っざけんな!!バカにするならお前も喰うぞ!?」
「ザキには無理っしょ、俺が根こそぎ吸ってやるよ」
今にも取っ組み合いを始めかねない二人を引き剥がし、瀬戸は前髪を掻き分けながらニコリと笑った。
「いいから、お前ら人の話くらい聞けよ…良い子に改造し直すか?」
「「ごめんなさい」」
仲が良いのか悪いのか分からない二人を見やりながら、瀬戸は先程読んだ文献の内容を話した。
「…つまり、そのムマっつーのは人間の精気を喰って生きてるって事か?」
「そうだ…しかも霧崎の住人は被害が広がるのを防ぐ為に夢魔へ定期的に生け贄を捧げていた」
「アイツらのやりそーな事だな…でも、それなら夢魔のせいだって言わなくね?」
「…ま、そう言われると困るんだけどな、可能性としてはある」
霧崎で受け取った麻袋に描かれた紋章を思い浮かべながら、瀬戸は窓の外を眺めた。
教会が動き始めた事に加え、ここ最近の森の様子がどこかおかしいのも夢魔という悪魔が現れたという事であれば辻褄も合う。
「…でも、もしそうだとしても俺らには関係ねぇだろ」
アイツらが殺されるだけだ、と素っ気なく呟く山崎の頭を撫でながら、目を細めた。
「お前らの気持ちは十分に分かってるけどな、バランスは大事なんだよ…俺らも、霧崎の奴らにも」
腑に落ちないのか此方を見上げる二人に、それにな、と付け加えて瀬戸は満面の笑みを浮かべた。
「天然の悪魔なんて研究しがいがありそうだろ?調べに行くぞ!!」

「……誰、だ」
森が、ざわめいたような気がした―。

To be continued...