「俺さ、ヒーロー復帰しようと思うんだ」
シュテルンビルトへ突然やって来た虎徹にそう告げられたのは、1ヶ月前。
大量の土産品をチェックしながら片手間に聞いていた俺は危うく焼酎を割る所だった。
アンドロイドも予想外の事態には『驚く』のだな、と他人事のように思う。
「……それは、バーナビーに伝えたのか?」
「いや、まだ」
その為に来たんだけどな、と苦々しく笑う虎徹の視線の先にバーナビーの姿はない。その日、バーナビーは用事があるから、と言って早くから家を空けていた。
「俺が先に聞いても良かったのか?」
「黒虎にも言うつもりだったし、そこは気にすんなよ?それにしても、俺ってタイミング外し過ぎだよなあー」
「連絡をしてこなかった虎徹が悪い」
「あはは、だなー」
情けなく笑う虎徹を尻目に、俺は一つの資料を取り出す。
まさか、こんなにも早くこの資料が必要になるとは思わなかった。
「虎徹」
心拍数の上昇を告げるアラーム音。こんな紙切れを手渡すだけの簡単な動作であるというのに。俺の『身体』は段々と人間に近付いているらしい。
「お前がそう言ってくれるのを、俺は待っていた」

新型ヒーロースーツの設計図。
オリエンタルタウンから戻ってきてすぐに、俺はこの作業を始めた。
虎徹とバーナビーを再びヒーローにする為に。
「(本当に、良いんだね?)」
斎藤は俺が初めて計画を提案した時と同じように口を真一文字に結んだ。
「(私も彼らがヒーローに復帰するのは大賛成だ。彼らほど、ヒーローらしいヒーローはいない)」
一瞬、過去を懐かしむように斎藤は目を細めて笑った。
しかし、続けられた言葉はそんな優しさなど微塵も感じられなかった。
「(けどね、彼らをまたヒーローにする、というのは彼らの生活をまた……壊す事になるんだ)」
虎徹は家族と離れ、正体も明かさずにヒーローをやり続けた。
―『ようやく、父親らしい事がしてやれるよ』
ニコリと笑った虎徹の顔が、再生される。
バーナビーは形だけのヒーローだった。
―『何もかもが、偽りだったように思えるんです』
自分を見つけ出したい、と言ったバーナビーの横顔をメモリが記録している。
「(それでも君は、彼らをヒーローにしたいかい?)」
「俺は―」
言葉が続かなかった。
2人をヒーローにしたい、と思ったのは他でもない俺の、根拠もない『願望』だったのだ。
敵としてではなく、虎徹やバーナビーの隣でヒーローとしての彼らを見てみたかっただけだった。
それは主体である虎徹とバーナビーの現状も心情も何ら考慮されていない、身勝手なものでしかないのだ。
―アンドロイドの根幹であるロジックも忘れたのか、俺は。
感情だけに振り回される愚かさに身震いする。馬鹿馬鹿しい考えに囚われているなんて、と。
けれど。
データの中で生き生きとビルの間を駆け回り、犯罪者を捕らえていく2人はとても―。
「輝いていたんだ」
「(え?)」
「虎徹もバーナビーも……ヒーローをする彼らは、楽しそうだったんだ。彼らはあの場所で生を感じ、輝いていたんだ。それが偽りと犠牲の上で成り立っていたのだとしても」
斎藤は黙り込んだままモニターを見つめる。
「この計画は彼らにとって必ずしも良い結果をもたらすとは考えられない。けれど、俺は実行したいんだ。これは虎徹の為でもバーナビーの為でもなく、俺の『夢』として、やらせて欲しい」
彼らがヒーローを再び志さなくても良い。
ただ、彼らの輝きを形として俺の手で残したい。
「これが俺の『想い』だ」

虎徹は意外にもそれをあっさり受け取ってくれた。
詳細に書かれた仕様書をじっくりと読んだ後、虎徹は笑って頭を撫でてきた。
「やっぱり、俺達って考えが似てくるのかな?いやー、嬉しいよ」
ホッとした、と肩をすくめる虎徹は不安だったのだと続けた。
「俺みたいな奴がさ、またのこのこ帰ってきて受け入れてもらえんのかなって思ってたんだよな……でも、決心がついた」
虎徹の視線が窓に向かい、つられて俺も外を見る。
ギラギラと眩い光がシュテルンビルトを覆う。
「俺の背中を支えてくれてるお前や楓の為にも俺は―戦う」
「ああ」
キラキラと虎徹自身が発光しているかのように輝いていて、眩しい。
バーナビーも、こんな風に思った事があるのだろうか。
「バニーにはさ、言わないでくれるか?」
帰り支度をし始めた虎徹がふと思い出したように口に出した。
「アイツには無理強いさせたくねえし……これは、俺の我儘でもあるからさ」
了解した、とは言えなかった。けれど、虎徹は何も言わずに笑ったままだった。

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