「(さすがだね、黒虎。君の行動スピードには毎度ながら驚かされるよ)」
ラボに到着したのは予定通り、10分以内だ。
緊急の要件だと言っていたにも関わらず、斎藤は少しも慌てる素振りを見せない。
促されるままに椅子へ座りながら周囲を見渡してみるが、特に変わった所は見られない。至って普通のラボだ。
「(いや、君を呼びだしたのは他でもない、新型アンドロイドの事についてだ)」
「新型、アンドロイド……?」
一体いつの間に製作していたのだろうか。
斎藤のサポートとしてラボに入り浸っている俺が知らない研究など無いと思っていただけに驚きだ。
斎藤はそんな俺の様子に満足したのか、キヒ、と特徴的な笑みを浮かべている。
「(まあ、新型といっても、君のプログラムをベースに私が新しい身体と性格を与えただけなんだけどね)」
見てみるかい、とこちらを見やる斎藤に、俺は大きく頷いた。
「(……楽しそうで何よりだ。少し、遅くなったけど……)」
ハッピーバースデイ、黒虎。
祝福の言葉と共に扉は、開かれた。
「…………おはよう、ございます」
「(おはよう、H‐02。どうだい、調子は?)」
「良好なのです、斎藤博士!」
金髪のカールした髪に赤のコート。ニコリ、と笑ったネオンピンクの瞳とあどけない表情以外は、まぎれもなくバーナビーだ。このアンドロイドはバーナビーを模して造られたのだろうか。
「斎藤、さん」
H‐02のチェックを終えた斎藤は満足気に頷いてキーボードを叩く。
もう一度、斎藤の名を呼ぼうと口を開くのと同時に、背中に衝撃を感じた。
「黒虎さん、ですよねっ」
無邪気としか言いようのない瞳がこちらをジッと見つめ、笑う。
バーナビーとは全くもって似ても似つかない表情であるのに、どことなくバーナビーを感じさせて、俺は戸惑う。
そんな俺に構わず、H‐02は小さな歯を見せながら喋り始めた。
「僕は、黒虎さんの弟分なのです!だから、沢山お話して、沢山覚えるのです!!」
ぎゅ、と掴まれた裾を振り払う事も出来ず、とりあえず笑みを返す事にする。
楓の時はこんな風にはならなかったのに。もしかしたら、年齢設定が楓より幾分低いのかもしれない。初めての感覚はいつだって悩むものだ。
「(気に入ったかい、黒虎。これが私からのバースデイプレゼントさ)」
「はい、プレゼントなのです!!ハッピーバースデイは良い事ですよ!」
「……ありがとう」
ニコニコと笑う2人に礼を告げながらもどこかむず痒く、俺は髪を撫でつけた。
不思議なものだと思う。
俺は戦闘用アンドロイドとして作りだされ、1年前のあの日をもってその役目を終える筈だった。それなのに、俺は今こうして2年目の時を迎え、祝福されている。
『心を持たないアンドロイドの自分』はもう、存在しない。
沢山の人に出会った。
沢山の感情と触れ合った。
沢山の愛情を受け取った。
それらはアンドロイドの自分にとってはただのメモリであり、成長するAIの糧でしかないのだろう。
けれど、『黒虎』にとってのこの記憶は、彼らとの確かな繋がりで。『心』なのだ。
まだ、『心』については学習が足りないのか、感情を表すのには相変わらず苦労している。
それでもこれだけは伝えられると確信している。
俺を生みだしてくれてありがとう―と。
「ダブルチェイサー、初めてなのです!!僕、嬉しいです!」
乗って来たチェイサーを2人乗り用にコンバートすると、H‐02は歓声を上げた。
「そういえば、お前にも名は付けられているのか?」
H‐02というのは酷く機械的で(俺達はアンドロイドだから機械的であるのが普通なのだが)、目の前で笑う少年には不釣り合いなような気がしたのだ。
H‐02は俺の問いにしばし考え込むように沈黙した後、大きく首を横に振った。
「僕はまだ持ってないのです……でも、それは斎藤博士のアイディアなのですよ!」
「斎藤さんの……?」
「そうです、黒虎さんへのプレゼントパート2!なのです」
Vサインをして自慢げに胸をそらすH‐02の姿に微笑ましさを感じつつも、意味がいまいち理解出来ない。
首を傾げたままの俺の様子に、H‐02は慌てて話を続けた。
「ええと、斎藤博士はこう言ってたのです。『名付ける事は心を成長させる』のだと。だから僕の名前はないのです」
「それはつまり……俺が名付けろと?」
「そういうことです」
どうぞ、と言われて俺は眉を下げるしかない。
「そんなに突然言われても…………俺はそんなに柔軟ではないんだ」
「じゃあ、楽しみに待ってるのです!!」
ニコニコと笑顔を向けてくるH‐02に俺はますます眉を下げて笑った。
「……とりあえず、帰る事にしよう」
「はい!!」